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2006年12月20日 (水)

クリスマス発表会

師走はさすがに・・
やっぱり忙しいです。なかなか更新できませんが、元気にやっておりますので・・。

12月に入って、娘・まおたんの保育園で大きなイベントがあった。

それは、クリスマス発表会。
3歳児クラス(今年の4/1に3歳の子のクラス)全員で歌と劇の発表をするという。

ことしは、「赤鼻のトナカイ」など2曲の歌と、「ぼくは王様」シリーズ(懐かしいですね・・。寺村輝夫先生も今年5月ご逝去されました。冥福をお祈りします・・)の宝石箱のお話を劇にしたもの。

そういえば、最近は主役の取り合いなどの「問題」があるので(問題なのは「親」だと思うが)、桃太郎が30人出てきて鬼をボコボコにするとか、とんでもない劇をやる幼稚園もあると聞く。幸いにも、まおたんの保育園ではそういうことはなかった。

まおたんは何の役かと思ったら、「ナレーターさん」だという。なんでも、劇の最初にしゃべるのがまおたんなのだそうだ。よく聞くと、せりふも多いし長い・・。
きっと、普段がおしゃべりなので、指名されたんだろうなと思う。

「まおたんが、しゃべらないと、始まんないんだよ。」

とトクイになっている。さすがに、先生はモチベーションの上げ方がうまいなあ、と素直に感心。

そんなわけで迎えた本番。あいにくの雨模様だったが、保育園の小さなホールは開始前から保護者で超満員。さすがに観客の数にびびるかも・・とちょっと心配になる。

というのも、まおたんは人前に出ると最初「モジモジちゃん」になる癖があるのだ。(ボタキッズでご覧になった方にはよくお分かりでしょう・・。)
で、最近少し自意識が強くなったせいか、その傾向が強まっている。

本人曰く、「恥ずかしくなっちゃう」のだそうだ。

このあたり、小さいころのyue少納言もそうだったらしい。
まあ、後のyue少納言を見ている限り、自分の結婚式でコミックバンドをやるぐらいご立派に成長されたので、まおたんも将来的には何の心配もないと思っている。

とはいえ、この局面で、しかも第一声・・モジモジになったら、ほんとに始まらない。やばいかな・・

という心配はただの杞憂だった。

まおたんは立派に「大役」を務めてくれました!やるときはやるんだよね・・。結局やる気の問題なのか・・と納得。

ちなみに、まおたんは、
「まおたんは、本番には強いんだよ~。」だと。

確かにいままでのリトミックの発表会や、義弟の結婚式のリングガールなど、直前まで「これはやばいぞ・・」という局面を、本番度胸だけで乗り越えてきた実績はある。

要領がいいのか悪いのか、引っ込み思案なのか目立ちたがりなのか、ホントにわからんまおたんだが、こういうことでひとつひとつ自信をつけながらゆっくり育ってくれればいいと思う。

また、最上級生(4月から小学生)の子供たちの劇や合奏は、大人が普通に見ても感心するほど上手。
2年後にはまおたんたちもこれぐらいに成長するのかなあ・・と子供たちの持つ力に素直に脱帽した一日でした。

もちろん、それを指導されている先生方の苦労は並大抵ではないのでしょう。
終わった後は誰よりも安堵感いっぱいの表情をされていました・・。

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コメント

こんばんは。
まおたん元気そうで嬉しいです。
まおたんの御活躍、yue少納言さんしっかりご覧になったと思いますよ。(さすが、わたくしの
娘、まおたんがんばれ~)・・・って!
お正月はたくさんの人が集まり、その中にyue少納言さんが居ないことの寂しさで少し辛い思いをするかもしれませんが、まおたんの明るさと元気とで乗り超えて下さいね。
ぱぱっちさんのお返事に沢山の勇気と力を頂きました。これからもよろしくですが!!

投稿: ハイジ | 2006年12月21日 (木) 20時50分

ぱぱっち様

突然、初めての書き込みで失礼します。
今日初めてYueちゃん(ごめんなさい、ずっとこう呼んでいたので)が亡くなられていたことを知りました。そしてこのブログにたどり着きました。
なんでこんなことになってしまったのか、、、あまりの驚きと悲しみで動くことができず、胸がつまり、息が苦しいです。

申し遅れましたが私、Yueちゃんの学生時代の思い出に登場する、大学の合コン友達(合コンの頭文字を取ってGーPROJECT)で切り込み隊長を務めていた者です。隊員は全部で3人。ちなみにYueちゃんは名誉会長でした。(もう一人は部長)

お二人の結婚パーティーにも伺いました。ぱぱっちさんがYueちゃんのために作った歌を披露された時、恥じらいながら、とても嬉しそうに耳を傾けていたYueちゃんの姿、今でも覚えてます。

そしてウチの子の誕生のちょうど半年後のまおたんのご誕生。妊婦の時に一度我が家に遊びに来てくれました。当時私もハマっていた葉山のマーロウのプリンを、とてもおいしいと喜んでくれました。無事出産のメールをいただいた時は嬉しかった、、、

夫(合コンで見つけたわけではありません)の海外赴任で地の果てに行き、そこで何回か引越しなどしているうちに、Yueちゃんと連絡が取れなくなってしまったのですが、まさかこんなことになってしまっていたとは、、、

信じられないことですが、私、この11月に妹をyueちゃんと同じスキルス性胃がんで亡くしたのです。最期も同じ癌性リンパ管炎でした。闘病2年5ヶ月。享年34歳8ヶ月でした。残された姪はこの10月に3歳のお誕生日を迎えたばかりでした。蛇足ですが、妹も(同じ大学だったこともあり)時々Yueちゃんと合コンでご一緒してました。

同じ年に大事な人を二人も奪っていった、この病気が心の底から憎いです。そして今、埋めようのない喪失感、脱力感が私を襲っています。
でももしかしたらYueちゃんと私の妹、あまりにも似た境遇の二人が空の上で再会、意気投合して楽しくやってたりしてね、なんて思ったりして。

今日初めてブログを読んだのですが、ウイットに富んでいて、ちょっと勝気で、でもすごく女の子らしいyueちゃんともう一度話がしたかった、、、

ぱぱっちさん&まおたんの後輩?になりますが、義弟と姪も妹がいない生活になんとか慣れようと今頑張ってます。どうぞ良き先輩になってくださいますように。またこちらを覗かせていただきますね。

まだ信じたくはないのですが、yueちゃんのご冥福をお祈りいたします。


投稿: G-PROJECT切り込み隊長 | 2006年12月24日 (日) 00時22分

yue少納言さんのいないお正月がやってきますね。
お友達のコメントを見てまた、旅立ちの悲しみが思い出されました。
いつまでもめそめそしていたら、あちらのyue少納言さんに叱られますね。
でもyue少納言さんはいつもここにいると思っています。

いろいろお忙しくて大変でしょうが、時間が出来たらまた、まおたんの可愛い様子を教えてくださいね!

ぱぱっちさんとまおたん、そしてyue少納言さんに会えたことに感謝です。

投稿: のほほん | 2006年12月31日 (日) 22時55分

初めておたよりさせていただきます。音楽ライターの工藤由美と申します。YUE少納言さんのことは朝日新聞で知りました。普段はそのまま読み流してしまうのですが、数日後、ネットを検索してこちらの日記にたどり着きました。

4月30日の日記を読んで呆然としました。おそらくファーストショーに行かれたのだと思いますが、あの日のセカンドを私も見に行っておりました。お持ちになられたか存じませんが、あの時のブルーノートのチラシに文章を寄せていたのも私です。

ボブもネーザンも仕事柄よく存じており、またあのときのご縁で、私自身もルイスという生涯の友人を得ることができました。ジャック・リーは、あのときの公演で知り合った女性のファンと電撃結婚しました。そんな数々の奇跡を起こした不思議なプロジェクトは、もうひとつの美しい奇跡を生んでいたのですね。

少納言さんのこの日の日記を私自身が最初に目にしたのは、ご存命中だと思います。(このショーがどんな感じで受け止められていたのかチェックするためにネットサーフィンしておりましたので)。

というわけでこの日の日記を再発見したときには、涙なしには読めませんでした。せめてあの天女の衣のように美しい調べに包まれた幸せな時間が会ってよかった、そしてこの調べとともに旅立たれたのだと信じようと思いました。

関係者にはこのことを知らせ、また今月発売のアドリブの私の連載コラムの、それまた小さい近況報告にこのことを書かせていただきましたが、本日、ルイス・プラガサムと電話で話したときに少納言さんのことを伝えるとともに、本日のブルーノートショーでボブ・ジェームズに少納言さんのことをお伝えしました。ネーザンとジャックにも木曜日に取材が入っていますので、お伝えするつもりです。

ルイスも深く胸を打たれているようでした。さきほどフォープレイのショーを終えた後、楽屋で話したとき、ボブ・ジェームズは本当に涙ぐんでいました。たった一人の人にでも僕らの音楽の音楽を受け止めてもらって、本当に幸せだと・・・。(実は今、このプロジェクトをアメリカに持っていくのに並々ならぬ苦労をしているのです、ボブ自身が)

ぱぱっちさんをショーにお呼びするのがいいことなのかためらわれ今に至っておりますが、YUE少納言さんがどんな女性でどんな生き方をしていたか、ボブには伝えました。せめて今週取材の折に彼らにサインをもらいそれをお送りしたいと思っております。

よろしければご連絡先とともにご返信いただければ幸いです。

私のHPは工藤由美で検索すればヒットすると思います。

投稿: 工藤 由美 | 2007年1月 9日 (火) 01時07分

>ハイジさん
やはり、年越しとか、何かの節目があると、去年はこんな話を・・とか思い出すことがたくさんあり、どうしても寂しくなるときがありますね。まおたんも、あんなに小さいながらにそういう節目があるらしく、時々目に涙をためていることもあります。でも、それは思い出が生きているからだと思って、大事にしていきたいと思ってます。

>G-PROJECT切り込み隊長さん
ご無沙汰しています。何年か前、一度うちにいらしていただきましたよね。
妹さんのお話、私も驚きました。
ご心痛のほど、いかほどか察しかねます。
ぽっかりと穴があいたような気持ちは、程度の差はあると思いますが、私も同じでした。今も残っていますが、ただ、時間がたつに連れて少しずつ変化をして、日常の中に溶け込んでいるのも感じます。そして、私は今、少しずつですが、この「日常」があるということがとても幸せなことだということを受け入れられるようになってきました。元に戻ることは出来ませんが、新しい日常の中に希望が見えることを祈っています。
妹さんのご冥福、心よりお祈りいたします。

>のほほんさん
皆さんに励まされながら、今年は私もあまりめそめそせずにやっていきたいと思ってます。
今年は大阪にも行きたいです。優勝観戦ツアーをぜひ!と思っているのですが・・。

>工藤 由美さん
本当にありがとうございます。yue少納言も大喜びしていると思います。
別途メールにも書きましたが、あの日のライブに行けたことを、yue少納言は本当によかったと申しておりました。また、最後の晩に聞いて心を休めていたのも、彼らの音楽でした。
もしかして、今週のブルーノートに、化けて出たかも・・。

投稿: ぱぱっち | 2007年1月14日 (日) 01時22分

ぱぱっち 様

お忙しいところお返事をいただきありがとうございました。7年ほど前?ご自宅に伺った折はお仕事中だったにもかかわらず駅までお送りいただきありがとうございました。

さて今日ひさびさに「G-PROJECT」部長に会い、YUE名誉会長を偲びながらランチミーティング?をしました。

何かお悔やみの品を、と思ったのですが「G-PROECT」の戦略?上、しめっぽいのは似合わないよね~ということになり、かわりにまおたんにプレゼントという形で贈らせていただくことにしました。

テーマは「合コン必勝!愛されガールはプリティピンクでひと足お先に春をひとりじめ♪」です。(注)開けてみてがっかりしないでくださいね。

まおたんが合コンに着て行ってくれたら嬉しいです。嘘ですすみません。では。

投稿: 切り込み隊長 | 2007年1月18日 (木) 19時29分

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