一年間
今週は少し感傷的になっております。
このブログを読んでいただいている方にはお察しいただけるかもしれませんが、
話としてはyue少納言が書きはじめたところからちょうど1年が経ちました。
独り言になっちゃいますが、今思うことを取り留めなく書きます・・。
柄にもなく、ちょっと暗くてごめんなさい。
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この3日間、なんとなくどんよりした天気。
本当はどんよりした天気はあまり好きではないのだが、
今日は夕焼けでなくて良かったと思っている。
11月30日。
もう1年が経ったのか・・と。
昨年の明日は、私の今までの人生の中で一番長い日だった。
yue少納言のスキルス胃がんが手術不能と宣告された日。
この日のことは2月26日の本人のブログにも記されているが、
告知を待つまで2人で過ごした時間が止まったように長かったことを
昨日のことのように思い出す。
ある程度覚悟はしていた。しかし、
「手術は不可能です。あとは延命治療しかありません。」という言葉の重さは、
それまで経験したことのない重さだった。
そして、本人には知らされなかったが、「長くても半年」という余命告知は
にわかには信じがたいものだった。
(その後、3ヶ月というさらに衝撃のセカンドオピニオンが来るのだが・・)
正直、そのときに思ったことは「どうしてyue少納言なんだ」という疑問だけだった。
言っちゃなんだが、世の中にはもっと悪いことをしてる奴や、
迷惑な奴が山ほどいるだろうに、何でyue少納言だけがこんな目にあわなきゃならないのか・・と。
そして、それまで家族を省みずに働いてきた自分の生き方や、大事だと思っていた仕事のことなどがとてもちっぽけな、つまらないものに思えた。
言い過ぎかもしれないが、自分の存在理由そのものがまったく変わってしまった。
そんな一日だった。
しかし、その絶望の中から光を見つけた日でもあった。
それは、治る方法があるかも・・というような根拠のない期待ではなく、
残された時間をどう輝かせるかという、自分たちの「未来」に対する、
「生きるテーマ」を見つけたことだった。
そして、その後ブログを通じて、同じ立場の人たちがたくさんいることを知り、
励ましあいながら生きることのすばらしさを知り、
命の大切さ、時間の大切さを確かめ合いながらすごした日々。
今考えると、この日が今の自分たち家族の本当のスタートの日だったと思う。
一年前は現実も、自分の存在も何もかも否定したかった。
しかし、何もかも、まずは受け入れて、肯定することからしか
未来は拓けないということを学んだ一年だった。
あの日、告知を待つ間の止まったような時間。
病院の窓から二人で見た、見事な紅葉と、きれいな夕焼けを
私は一生忘れることはないだろう。
今年は・・・まだちょっと見るのがつらい。
でも、いつかその景色が本当に自分の原風景と呼べる日が来ると思う。
そして、今年の11月30日。
明日も娘・まおたんの笑顔とともに過ごす、
今の時間を大切に、と思う。
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