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2006年8月25日 (金)

続・墓について考える

はやいもので、来週の月曜がちょうど四十九日。

次の日曜に法要と納骨を行う予定だ。

先日注文した「ままっち棚」と、お位牌もそろい、週末にはyue少納言は引越をすることになる。1ヶ月以上置いてあった祭壇がなくなるので、部屋が少し寂しくなるかもしれない。

生前、yue少納言が書いていた、「墓」についてだが、今回は実家の墓に入ってもらうことにした。

墓は最後に入る人だけのものではないので、当然、先祖に思い入れのある人が他にもいるし、それも尊重しなければならない。そのような想いが交錯する道標として、石が立っている。だから、yue少納言にもちょっとの間、我慢してもらいたいと思う。

しかし、現在の実家も、墓から遠いのは一緒。なので、将来的には動かす方向で検討をしていくことになった。お墓って、こんなふうに、見守る人を変えながら引き継がれていくものなのだろう。

とはいえ、このままだとあの墓に入るのは私が最後になるはずだ・・。(まおたん、後から入ってくるなよ!)

ちなみに、yue少納言が騒音を懸念していた近くの線路は、先月、地下にもぐってしまった。線路のあった場所は緑道になる計画とも聞く。少しは静かなところで眠れそうだ。

これまた時の流れ。この後、どの場所がどうなるか・・。どこに眠るにしても、数代後にどうなっているかは誰もわからない。結局は、今、生きている人の「とらわれ」に過ぎないのかも。

今のyue少納言は、どう思っているのだろうか。

もう、ぜんぜん気にもしていないようにも思えるのだ。

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コメント

私も、お墓には関心があるので、
自分が眠るんならこんなところがいいなあ、なんて色々言います。
でも最終的には、生きている人が自分達の良いように決めてくれるのが
一番かな、という気がします。
だって一番嬉しいのは、生きている人たちが時折会いに来てくれて、
思い出話かなんかしてくれることですもの。

お墓の継承というのは、別な意味で悩ましい問題です。
独り身の私は、このまま行けば実家の墓に入ることになりますが、
私の次の代に引き継げるかどうか、微妙なところです・・・

こちらにお越しのれひさんがブログで紹介されていましたが、
最近ではお骨と遺灰を加圧成型して、
ダイヤモンドを作ってくれるサービスがあるんですって。
自分が死後、ダイヤモンドになる!
生きている間にはダイヤモンドに縁の無さそうな私は、
・・・ちょっと心が動いています(笑)。

投稿: あつこ | 2006年8月25日 (金) 11時53分

追伸です。
前回はどうも、私の早とちりが皆さんに伝染してしまったような・・・
いくらなんでも、まおたんがクロマグロを見て、
いきなりトロを発想するわけがありませんね(汗)
どうもすみませんでした。
トロを中心に話が盛り上がり、
読んでいるうちに私がトロを食べたくなっちゃいました(笑)。

投稿: あつこ | 2006年8月25日 (金) 12時04分

うちは近所にご先祖さんのお墓があるので、そこへ入る予定です~。小さな小さなお寺の小さなお墓。
お寺の奥さんが園芸好きな方なので、いつもきれいに掃除&季節のお花が咲いています。あそこならOKでい!先に入っている義父も大好きだったので、楽しみ~!

投稿: きゃんべる。 | 2006年8月25日 (金) 13時05分

お墓・・・。わたしも主人とどうするかたまに話をしますが、正直困っています。
主人の実家は大阪、お墓もそこにあるのですが、主人は次男なので、わたしたちで神奈川県内の自宅近くにお墓を持つつもりでした。でももう子供を作ることができないので、お墓を作ったってだれも来てくれなくなってしまう・・・。かといって義理の兄たちも大阪のお墓に行くことなどほとんどないため、実家のお墓も今後が心配。
とはいえ、ぱぱっちさんがおっしゃるように、将来、実際にどうなっているかなんて、自分達には分からないんですよね・・・。
正直、「お墓」の形にはこだわらなくてもいいかな~とも思い始めています。

投稿: すみ | 2006年8月25日 (金) 18時32分

お墓のことを思うと、ブータンはいいなあと思います。
亡くなると火葬にして、完全に灰にしたうえで川に流しちゃう。
もしくは灰と土をこねこねして小さな仏塔みたいなもの(ツァツァ)を作って、あちこちの聖なる場所に置いていく。
だからブータンにはお墓がないんです。
みんなそろって自然と土に還っていく。
同じ照葉樹林文化といわれる日本との共通点も多いブータンは、私の憧れの地です。

投稿: yann | 2006年8月25日 (金) 19時53分

明日は義父の一周忌です。義父は次男だったので、昨年、義父が亡くなった時にパパの実家の近くの墓地にお墓を買いました。義母は、私たち夫婦もいずれ入るし、うちの今4歳の息子もずっとずっと後には入ることになるから、と言ってとても立派なお墓を建てました。太平洋が一望できるとても眺めの良い場所です。「そっかぁ、パパと離婚しない限り、いずれはここが私たちの第二の家になるんだね(笑)」なんて話してましたが、本当の私の希望を言うと、私の遺灰はできれば綺麗な川とか海に散骨して欲しいなぁ。。。
日本ではまだ無理なのかもしれないけれど、今のお墓事情を考えると、散骨ってすごくいい考えだと思うんですが。。。

投稿: りんりん | 2006年8月25日 (金) 20時59分

旅行で隠岐に来ています。
今日は、四十九日の法要だったのですね。
明日で、ひとつの区切り、四十九日ですね。
早くて、遠くて。
9月中には、ぜひ伺いたいと思ってます!

投稿: おーじろう | 2006年8月27日 (日) 20時33分

もう四十九日になるのですね。
まぐろ家はいろいろと事情があり、まぐろが一代目なのです。だからまだお墓はありませんが、わたしもyannさんやりんりんさんと同じで散骨がいいなーと思っています。ある映画(題名を忘れてしまいました)を見てそう思いました。まあ生きている人に任せます。

投稿: さかな | 2006年8月27日 (日) 21時14分

もう、四十九日ですかぁ。時間はどんどん過ぎていきますねえ。
でも、yue少納言さんはいつもここにいてくれて、みんなのコメントを読んでくれていますよね。
ウチは義父もオットットも長男なので墓守をすべきでしょうが、遠方なのでどうするんでしょう?
これから、子どもに墓を継げと言ってもねえ・・・
私としては永代供養の出来るところへ移して、子ども達にまでお墓の心配させたくないというのが本音です。
供養は心の中だけでも十分出来ると思うのですが生きている人に任せるしかないというのが現実でしょうか・・・

投稿: のほほん | 2006年8月27日 (日) 23時15分

>あつこさん
やはり、行きやすいのは大事だと思ってます。ので、できるだけ早く近くに・・と。
ダイヤモンド、骨からもできるんですね。骨ってそんなに炭素を含んでたんだ~とちょっとびっくり。

>きゃんべる。さん
まず、「植物の手入れ」がポイントになるところがきゃんべる。さんらしい・・。さすがです。

>すみさん
少子化の時代、「家」のお墓というのがすでに時代に合わなくなってきているのかも知れませんね。うちも、このままだと私の代でおしまい。まさに言葉通り、「跡は野となれ山となれ」。でも、ちゃんと野や山になってくれるなら、それはそれでよいかと。

>yannさん
ブータン・・。子供のころに、面白い名前の国があるなあ・・と思っていた記憶ぐらいしかないのですが、世界にはいろいろな文化があるものですね。

>りんりんさん
私の母は、以前散骨希望だったのですが、今はどうなんでしょう・・。北海道はきれいな川がたくさんあっていいですね。多摩川や東京湾にはまかれたくないな・・。

>おーじろうさん
旅先からありがとうございます!お待ちしてます。ぜひいらしてください。

>さかなさん
やっぱ、海ですよね~。海は広いな大きいな~。(意味不明)

>のほほんさん
自分の代になったら、私も真剣に考えないといけないと思ってます。永代供養というのは確かにひとつの方法ですね。まおたんにあまり負担はかけたくないなあ・・。

投稿: ぱぱっち | 2006年8月28日 (月) 01時22分

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