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2006年7月31日 (月)

メッセージ

先ほど、いつものように娘・まおたんを寝かしつけようとすると、
「ぱぱっち、お話があるの。」という。

「なあに?」と聞くと、
「あのさあ、ぱぱっちとまおたんは、これから二人でがんばるんだよね。」

一瞬、どきりとしたが、
「そうだよね。いっしょにがんばろうね。」と答える。

「がんばるにはさぁ、まおたんも元気出さないと、がんばれないよね。」

このまま、また、まおたんにはげまされるのか・・と思って、
ちょっと「うるうる」しかかったところへ、こう来た。

「あのね、まおたん、プリキュアのカードがあれば元気出せるんだけど。」

そういう魂胆だったか・・・。日曜日のテレビ、恐るべし・・。
(テレビの問題ではない?)

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私が病室を後にしてから、yue少納言はさらに厳しい状態になっていた。

その後、親友2人が病室に到着した。(遠くから本当にありがとう。)
彼女たちの話では、まだyue少納言の意識はあり、呼びかけにも応えていたという。2人は、結局最後まで一緒にいてくれた。

家に戻った私は、不動産屋と電話で話をつけると、すぐ義妹に契約に行ってもらうように依頼。(この義妹には、本当に何から何まで世話になった。特に、まおたんの義妹に対する信頼は、ほかの誰よりも強い。)

それから、ブログに妻の状況を書き込み(7/11の記事)、コメントをプリントアウトしたその時。携帯が鳴った。妻の危篤を告げる、義母からの連絡だった。

私はすぐに保育園へ向かい、まおたんを車に乗せ、病院へ。

車に乗せるときに、まおたんには、
「ままっちは、もうお話ができない」ということを話した。
正直、理解できるはずがない と思いながら話した。

しかし、まおたんは、
「ままっち、死んじゃうんだね。まおたん、もう、泣いちゃうよぅ。」

私は、「まおたん、泣いてもいいんだよ。今は、泣くところだからね。」
と言うのがやっとだった。とにかく病院へと向かった。

途中、「ぱぱっち、もっとスピード出してよ。」と言い続けるまおたん。

しかし、その数分後、

「ぱぱっち・・・。もう間に合わないかも・・・。」
と、力なくつぶやいた。

その数分後、携帯が鳴る。

一度、呼吸が止まり、先生の手による人工呼吸で持たせている、と。

後でまおたんに聞いたら、「ままっちのことがわかった。」という。
yue少納言は、どんなメッセージを送ったのだろうか。

私たちが病院に着いたのは午後0時40分。

yue少納言は、すでに安らかな顔で眠っていた。
しかし、先生の手による人工呼吸(機械ではなく、人力だった!)により、まだ心拍を保っていた。一度は心拍も止まったそうだが、また動いたという。

私は妻の手を握り、「ありがとう」と言うのがやっとだった。
すると、まおたんが意を決したように、yue少納言のそばへ近寄り、
泣きながら、でも、大きな声ではっきりと言った。

「ままっち、いつも、ありがとう。ありがとう、ままっち。」
そして、私にしがみついて泣いた。

その声を聞いて安心したのか、yue少納言の心拍がゆっくりと止まった。
2006年7月11日、午後0時51分。

yue少納言は親友、母親、夫、そして娘の見守る中、まったりと旅立っていった。

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葬儀の後で、まおたんから聞いた話。
妻は7月9日の早朝、まだ寝ている私の横で、なぜか早起きしたまおたんに、すべてを話していったという。

自分が明日病院へ行ったら入院するかもしれないこと。

もしかすると、もう帰って来られないかもしれないこと。

死んだ後に、お葬式があること。

お葬式が終わると骨が残ること。

その骨はぼろぼろかもしれない(と言ったそうだ)こと。

でも、本当のままっちは骨ではなく、お星様になること・・など。

そのためか、まおたんはすべてのことを冷静に受け止めたようだ。葬儀でも、出棺や火葬場など、泣くべきところでしっかり泣き、そして、今は毎日仏前に手を合わせている。

もちろん、時々、寂しくて泣くこともある。そんな時は、私も一緒に泣くことにしている。

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今でも最期に病室を出たことについては、それで良かったのか、考えてしまいます。

しかし、結果的には良かったと思うようにしてます。

そうしなければ、まおたんを臨終に立ち会わせることはできなかったし、なにより、妻が私に言い残した言葉は、あと1つしかないと思うから。

もちろん、それは「今までありがとう」という言葉。

「最期」まで言わずにとってあるんだろうな・・ということはわかってました。

でも、今思うと、もしその場にいても、yue少納言は意識のあるうちにはその言葉は言わなかった、いや、言えなかったと思います。

大丈夫。言わなくても、十分伝わってる。
そして、私とまおたんからの最期の言葉は、しっかり届いたと、信じています。

妻の最期については、これでおしまいですが、
あとひとつ、妻の残したものをご紹介したいので、
次はそのことを書きます。

今日も、長い文章、最後までありがとうございました。

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コメント

ぱぱっちさん、ありがとうございます。
yue少納言さんは本当にすごい方ですね。まおたんもほんとうにいいこで、読んでいて可愛くて可愛くてなりません。
泣けて泣けて、涙が止まってくれませんが、こんなじゃまおたんに笑われますね。
私はyue少納言さんと同じスキルス胃がん4期です。yue少納言さんにたくさん勇気を頂きました。もっともっとお話したかった。私もyue少納言さんのようでありたいです。

投稿: よぎょ | 2006年7月31日 (月) 01時04分

ぱぱっちさん、まおたん、yueさん、こんばんは。
桃、きりっと冷やして食べてます。

yueさんとまおたんの7月9日の会話。誰もがまねできるものではないです。それまでに紡いできた二人の関係があったからこその「対話」であったと想像しています。子どもには独特の”直観”(直感ではなく)があると言われるけれど、
まおたんの様子はまさに…。
「メッセージ」は、まおたんやぱぱっちさんにとってと同様に、ブログを読む私にとってもこれからも大事に日々を営み続けるための”yueさんによるレッスン”ではないかと思っています。

投稿: はむうし | 2006年7月31日 (月) 01時16分

読んだあと、涙が止まらなくなりました・・・
本当に泣けて泣けて・・・止まりません。
まおたん、小さいのに全て理解していたのですね。
yue少納言さんは決して諦めなかったけれど
でもきちんと現実も受け止めていらっしゃった。
今度の入院で帰れないかもしれないこと、
お葬式のこと、まおたんにきちんとお話されていたんですね。

夫婦の絆って、親子の絆って、ほんとにスゴイなぁ。
yue少納言さんはまおたんのこともわかっていたんだろうな。
だからまおたんのことは大丈夫って・・・。

またナミダが止まらない。
スミマセン・・・何書いてるのかわからなくて。
でも、なんだか心に響いて哀しくて。

投稿: ゆっこ | 2006年7月31日 (月) 01時43分

ブログを拝読して、勝手に思っていましたが、
やはりyue少納言さんは本当に素晴らしい母であり、
女性なんですね。
このブログを通してお会いできたこと、本当に嬉しく思います。
まおたんが、まだ小さい心と体で一緒にがんばっている。
それはまおたん自身ががんばっているんですが、
その前提に、ご自分が本当に辛い状況なのにもかかわらず、
自分の旅立ち後をしっかりと教えたyue少納言さんという
素晴らしいお母さんがいてこそですね。
まおたんへの車でのお知らせ、母としての強い思いだったんでしょう。
そして何より、一緒に泣いたりしながらまおたんを支え育ててくれる、
ぱぱっちさんの存在があってこそです。
そんなお2人を見守りながら、いつもyue少納言さんは、
「幸せだよ」って微笑んでるような気がします。

投稿: たんたん | 2006年7月31日 (月) 02時13分

ずっと、影ながら応援しておりました。
今日のブログを読んで、涙が止まりません・・。
yue少納言さん・・・これほど素敵な女性がいるのでしょうか。まおたんも、本当にママに似て、素敵な子ですね・・。
親子・ご夫婦の絆の強さの深さ・・って、こういうことなんですね。
言葉がないです。。お互いを大切に思う絆の深さにただ、ただ、・・ごめんなさい。言葉が見つかりません。。

投稿: アルプス | 2006年7月31日 (月) 02時24分

母親、そしてこれから生きていく上でのお手本として、いつまでも覚えておきます。
yue少納言さん、時間は少なかったけど、素晴らしい物をまおたんに残していったんですね。
短い時間の間に、教えられる全てをまおたんに。。。
脱帽です!

投稿: どらまま。 | 2006年7月31日 (月) 06時26分

はじめまして、こんにちは。
私は去年、大好きな高校時代の同級生を乳がんで亡くしました。
彼女にも、二人の小さい子供がいます。彼女の旦那さんも同じ高校の同級生です。
彼女が亡くなったあと、病院から自宅へ向かう車の中で、彼女の娘が、突然空を指差し「あれ、ママだよ!」と言ったそうです。そこには、とても光り輝く大きな星が見えたそうです。周囲の星より一段と輝いてるその星は、自宅まで着いて来るかのように、車の中からでもずっとキラキラと見えていたそうです。

まおたんの言葉。奥様とのやりとり。
友達の家族に対する想いと重ねて読んでしまいました。
そして、彼女の葬儀のために日本に行きました。(海外在住です)仕事を持っているので、3日だけの滞在でした。こちらにもどってすぐに、自分も胸のしこりを見つけて、乳がんが分かりました。彼女と同じ病気です。

病気って嫌です。悲しいことが沢山。私もすでに沢山のものを失いました。でも、沢山の出会い、それによって大切なことに気が付けたことがあるのも事実です。このブログからも沢山の愛を感じさせてもらっています。ありがとう。

投稿: ケイティ | 2006年7月31日 (月) 06時36分

まおたんとyue少納言さんとの絆の深さに改めて涙しました。
同じ年の子をもつ身として、まおたんのけなげさ、強さにエールを送らずにはいられません。
ママはお星様になって風になっていつもまおたんのそばにいることを、まおたんは決して忘れないんですね。

投稿: はな | 2006年7月31日 (月) 10時27分

ぱぱっちさん、大切なお話をありがとうございます。
yue少納言さんとまおたん、ぱぱっちさん、そのほかの方々との絆に感動して、つい母親にもこの記事を見せてしまいました。
「まおたんは何歳なの?」とびっくり。4歳(このときは3歳ですね)でもこんなに理解が出来るのか。きっと、yue少納言さんとのお互いの愛情、絆、信頼関係・・書いたらきりがありませんが全てがそろっている母娘だったのですね。まおたんも、yue少納言さんのような素敵な女性になること間違いなし!ですね。

それと、ぱぱっちさん。
以前にコメントのお返事としていただいたことなのですが、幸せだと思っていることを
>「伝えることが大事かなと。」

最近、yue少納言さんの言葉でよく書かれている「私は幸せだよ・・・」という言葉が頭から離れなく、彼へのバースデーカードに「れひは幸せだよ・・・」とマネして(?)書かせてもらいました。
彼にどう伝わったかどうかは分かりませんが、今このときにその言葉を伝えられたこと、良かったと思っています。
書くのは照れたけど^^;きっかけをつくってくださったぱぱっちさんとyue少納言さんに感謝します!

投稿: れひ | 2006年7月31日 (月) 12時10分

yue少納言さんがどうして、安からかで、まおたんの事も心配しなくて旅たっていけたのか良く分かりました。まおたんも小さいながら、yue少納言さんが最後に話した事を理解したのでしょう。どうして、最後までこんな優しく、前向きにいられたのでしょう?私の中ではまだ答えは出ませんが。でも、私もyue少納言さんのように生きて行けたらと思います。今の私ではまだまだ無理だと思いますが。私は毎日、ブログを読み返しています。とくに、yue少納言さんのコメントには涙が出ます。

投稿: ハム | 2006年7月31日 (月) 15時10分

yue少納言さんが、まおたんに伝えていた言葉。
わたしたちは絶対に帰ってくると思っていたけれど、yue少納言さんは、本当は全部知っていたんですね。自分のこと。
あきらめてはいないけれど、でも、常に冷静で聡明。そして、優しかった。
まおたんが4歳にしてこれほど聡明なのには驚きますが、お母様が誰であるのかを思うと納得します。
ままっちは、本当にお星様になったんですね。お空にいるんですね。だからyannさんが記事にしてくれた白い鳥と2重の虹は、やっぱりyue少納言さんだったんですね。
まおたんの「いつも、ありがとう」が、心に染みました。ままっちは「ありがとう」ときちんと伝え合いたかったから、頑張るのは好きじゃないのに、頑張ってちょっと待ってたんですね。

ぱぱっちさん、本当に本当にありがとうございます。

投稿: すみ | 2006年7月31日 (月) 15時43分

もう何も言う言葉がありません。

究極、言葉は要らないのです。

投稿: きゃんべる。 | 2006年7月31日 (月) 15時54分

物事が順調に進んでいるときには、その人の本当の力は見えにくい。辛い悲しい苦しいやるせない状況すなわち自分にとって不都合な状況になった時、どのような態度で与えられた試練に対処できるかで、その人の「人生の実力」が決まる。苦況の中にも、生きている証を見ることができ、その状況を幸せと思えるかどうかで人間の実力が決まる。とホスピス医が書いた本があります。yue少納言さんに人生の実力人間の実力を見せていただいたような気がします。

投稿: bibi | 2006年7月31日 (月) 16時42分

こんにちは、私も以前のコメントに記載させていただいたように今年の七夕に大切な家族を亡くしました。私も色んなことが良かった事なのか?どうだったのかな?と思ってしまうこともあります。しかし、最期はホンとに眠るように旅立ちました。私がベットの脇でウトウトしている横で、モニターも警告音が鳴ると同時に・・・数分いや数十秒の旅立ちでした。時々、悔いてしまう考えが浮かんでしまう事もありますが、ううん、あれで良かったんだと思い直し元気に前を向いて歩いて行こう!!と思っています=^^=

投稿: marumomo | 2006年7月31日 (月) 17時01分

素敵な女性だったんですね。
素敵というよりは、立派の方が似合うかな。
同じ女性として、誇りに思います。

投稿: rider | 2006年7月31日 (月) 18時50分

人間が臨終を迎えるとき、
意識がなくなっても聴覚はいちばん最後まで残っていると
何かで読んだことがあります。
(『チベット死者の書』は、まさしくそういう理由で
存在するのではないかと思います。)

そう考えると、ぱぱっちさんとまおたんの言葉は、
yue少納言さんにしっかり届いているはず。
彼女はそれを聞いて、こころから安心して旅に出たのだと思います。

投稿: yann | 2006年7月31日 (月) 19時00分

初めまして。
ずっとブログを読んで応援していた方からこちらを教えて頂きました。
お亡くなりになってから読ませて頂き、過去のブログも読ませて頂きました。
何度も何度も泣いてしまい、今日が一番泣いてしまいました。

そして、今日のブログを読ませて頂き、あまりにも自分のところと重なり、読ませてもらうだけのつもりでしたが足跡残させて頂きます。

私は夫をこの一月に亡くしました。
まおたんと同じ歳の娘がいます。

長い長い闘病を娘も見てきたので(お腹にいる時に夫の病気がわかりました)、こちらが思う以上に子どもはいろいろわかってくれているような気がして、そんな娘に支えられる日々です。

私もブログを3月から初めて何とか精神復興しながら、闇の中をさまよっています。

どうかどうか、ぱぱっちさん、少しずつ少しずつまおたんと歩んで行ってくださいね。

投稿: 柊子 | 2006年7月31日 (月) 21時03分

こんなにも厳粛な旅立ちを、まおたんに教えたyue少納言さん、ご立派でしたね。
ままっちのメッセージをしっかり受け止め、頑張ってるまおたんの小さな胸のうちを思うと、いじらしくて涙ぽろぽろ・・止まりません。
辛いでしょうに、詳しく書いてくださるぱぱっちさんに、ごめんなさい そして有難うです。

投稿: ハイジ | 2006年7月31日 (月) 21時58分

どう、言葉にしてよいかわかりません。
yue少納言さんは最後の最後まで愛する人たちのために自分が幸せであり続けよう、幸せであることを伝えようとされていたように思えます。

まおたんとyue少納言さんの最後のやりとりに凛とした潔さを感じ、その偉大さをかみしめています。

投稿: のほほん | 2006年7月31日 (月) 22時29分

yue少納言さんの最期の日を知り、yue少納言さんの気持ち、まおたんの気持ち、ぱぱっちさんの気持ちを想うと涙が流れて止まりません・・・。
たぶん、ぱぱっちさんも書きながらとてもお辛いでしょう・・・。
入院前にまおたんにすべて話されていたこと、yue少納言さんらしい、母心だったんでしょうね。まおたんもまだ四歳という幼さですが、きちんと母の気持ちを汲んだのでしょう。これからまだまだ寂しさが湧いてくる時もあると思いますが、きっと素直で優しい子になりますよ(*^_^*)

投稿: りんりん | 2006年7月31日 (月) 23時05分

「悲しい」だけじゃない涙があふれて止まりませんでした。

投稿: ともりん | 2006年8月 1日 (火) 01時16分

ぱぱっちさん、ありがとうございます。
yue少納言さんは、これからも、ぱぱっちさんや、まおたんの夢の中に出て来て
いろいろなことを教えてくれると思いますよ。
私も5年前、母が旅立ってしまったのですが
時々、夢を見ます。そして、いっぱい話をします。
ははっちさん、まおたん、yue少納言さんは、すばらしいファミリーです!

投稿: カズ | 2006年8月 1日 (火) 02時35分

何度も読ませていただきました。
まおたんを単に子ども扱いせず、一人の人間として信頼し、すべてを話して逝ったyue少納言さん。
自分なりに受け止め、ママに自分の言葉で感謝の気持ちを伝えたまおたん。
たとえ長く一緒にいても伝えられるかわからないほどの親の思いをyue少納言さんはまおたんに残していたのですね。
素晴らしいです。
ぱぱっちさん、まおたんきっとは大丈夫ですよ~
悲しい時は一緒に泣いて、その後いっぱい笑ってくださいね。

投稿: ミームラ | 2006年8月 1日 (火) 11時34分

だみだ。。。やっぱし泣いちゃう

少納言さん凄いよ~まおたんも凄い

ママちゃん少納言さんに会いたかったな

パパっちさんいつも更新ありがとう

投稿: 優奈のママ | 2006年8月 1日 (火) 12時08分

yue少納言さんはやっぱり素敵な人です
まおたんに対して自分の死をごまかそうとせず・・・
まおたんもyue少納言さんの言葉を
彼女なりに受け止められたのでしょう
ぱぱっちさん いつもありがとうございます

投稿: hhitomii | 2006年8月 1日 (火) 13時54分

初めてコメントします。
ブログはずっと読ませていただいていました。
yue少納言さんのブログに励まされ、勇気を頂いていました。
何度、読み返しても泣けてしまいますが。。。
潔い、ほんとうに見事な 旅立ちだったと思います。

わたしからも一言、
「yue少納言さん、ありがとうございました。」

投稿: 洋子 | 2006年8月 1日 (火) 14時57分

ぱぱっちさんありがとう。
まおたんすごい。yue少納言さんもすごい。
最期に病室をでて良かったか・・・ですが、良かったんですよ。だって、yue少納言さんは、一度呼吸が止まったのに、ぱはっちさんとまおたんを待って、ぱぱっちさんは、まおたんを連れて来てくれたんですから。yue少納言さんはうれしかったと思いますよ。まおたんだって「ありがとう」と言えてぱぱっちさんに感謝していると思います。

投稿: さかな | 2006年8月 1日 (火) 21時54分

みなさん、暖かいコメント、本当にありがとうございます。
本来なら皆様お一人お一人にお返事すべきところ、まとめになってしまってごめんなさい。

私がどうしても皆さんにお伝えしたかったのが、この記事の内容です。
もちろん、別れの瞬間は辛いものでした。しかし、その瞬間、私は心から感動していました。それは、病気と闘った果ての姿ではなく、すばらしい人生のフィナーレでした。

皆さんに書いていただいたように、yue少納言の最期は、あまりにも見事でした。自らの最期を、自ら決めた筋書き通りに演じきった本人の気持ちの強さには、妻とはいえ、私もただただ尊敬の念しかありません。
しかし、家族だけで、そういう最期にできたのでしょうか?

妻は、ブログでの皆さんとの交流を通じて、残された人生の意味を自問していたのだと思います。そして、妻がたどりついたのは、ブログを通して「自分が生きる姿そのものを、飾らずにメッセージとして届けたい」という境地でした。
もちろん、その境地は、皆さんの存在があったからこそ、たどり着けたものだと思います。

だから、この記事をこんなに多くの方に読んでいただけたこと、本当にありがたく思います。妻のメッセージがどのような形であれ、皆様に伝わったことが今は何よりもうれしいし、少し肩の荷が降りた気がしてほっとしています。

そして、ここに寄せられた「メッセージ」は、娘・まおたんの未来に大きな自信と勇気を与えてくれることでしょう。
ずっと大切に、大切に。文章を読めるようになるころに、娘に伝えたいと思っています。

本当に、ありがとうございました。

そして、皆さんの明日が、希望に満ちた一日でありますことをお祈りしています。

投稿: ぱぱっち | 2006年8月 1日 (火) 23時14分

>1000の風―あとに残された人へ さんへ

ありがとうございます。
「千の風になって」よい詩ですよね。yannさんをはじめ、いろいろなブログで目にしましたので、私も心に残っています。ここに書いていただいたこと、お気持ちは、大変うれしいです。

ただ、著作権に関する心配がありまして、心苦しいのですが、一度非公開にさせていただきました。
この詩の、原作には一切の著作権設定がなされていないことは承知しております。
しかし、日本語訳詩には著作権が存在します。転載いただいた訳詩は、どなたのものかわかりませんでしたので、ここに掲載することが可能かどうかが判断できなかったのです。
そのため、もしお書きいただいた訳詩について、著作物としての問題がないようでしたら、お手数ですが、その旨もう一度コメントをいただけないでしょうか。
お気持ちはありがたくいただいた上で、それまで一度コメントを非公開とさせていただきましたこと、心よりお詫び申し上げます。

決して、迷惑ということではありません。お気持ちはyue少納言にもしっかりと届いていると思います。ありがとうございました。


>皆様へ説明

このコメントの前に、「千の風になって」の訳詩を書いていただいた方がいらっしゃいました。
私は多少、著作物に関わる仕事をする身でして、たとえ個人的なことであっても、著作権侵害はあってはならないことです。
そのため、お気持ちは大変ありがたかったのですが、作品の権利関係がわかるまで非公開とさせていただくことにしました。なにとぞご了解いただければと存じます。

なお、別の訳詩ですが、新井満さんの訳詩がサイトで公開されていますので、暫定的にそちらのリンクをここに掲載させていただきます。
http://www.twin.ne.jp/%7Em_nacht/1000wind/1000w.html


投稿: ぱぱっち | 2006年8月 2日 (水) 01時03分

遅くなってしまいした。
ぱぱっちさんの書き込み、
何度も繰り返して読みました。

本当に何という方だったのでしょう!
ぱぱっちさんに「幸せだよ」という言葉と満足を遺し、
まおたんが驚き怯えることのないように手を尽くし・・・
yue少納言さんは本当に、御自分の逝き方を
計画しておられたのだと思います。
そして自分で書かれた筋書きを、
最後まで主役を降りることなく演じ切ったのですね。

この筋書きは、yue少納言さんからぱぱっちさんとまおたんへの
最後の贈り物だったのだと思います。
永訣の悲しさに変わりはないけれど、
遺された者の傷の深さは、去る者の逝き方に大きく左右されます。
ご本人がどんな風に逝きたいかを決めていて、
ご家族が精一杯そのサポートができたと思える時、
悲しさの中にもある種の満足感が残るのだと、
仕事で多くのご家族と触れ合う中で知りました。

人は誰でも、いつか死にます。
願わくば私も、彼女のように逝きたいと思います。
後ろ向きとか、ネガティブな気持ちでは全然なく、
前向きに、本心からそう思います・・・。


投稿: あつこ | 2006年8月 2日 (水) 13時03分

すばらしい女性ですね。
yue少納言さんは…。
適当な言葉が見つかりませんが、こちらに来る度、いろいろと考えさせられます。
ぱぱっちさん、ありがとうございます。

投稿: オレンジ・みかん | 2006年8月 2日 (水) 16時20分

まおたん、ぱぱっちさん・・・人の最期を看取る過酷さ重さ私はわかります。
そして残された者が生きてくつらさせつなささみしさも・・・。
でも私たちは生きていかなくてはならない・・大切な人の思い出を胸に時に暖かい気持ちになり励まされそして寂しさをかかえて。
まおたんの年齢でそれを背負うのはとても切なく悲しい現実ですがきっと人の痛みがわかるやさしい女性に育つことでしょう。
人は痛みや苦しみがないほうが本当は強く生きられると思います・・でも知らなければ痛さやつらさはわからない。
私は時折、何もわからない強い人間になりたいと思ったけれどどうしてもなることができませんでした。なくすものの悲しみや痛みを知ってしまったから。
そこを乗り越えるのにとても時間がかかりました。今ようやく涙覚悟で思い出を語ります・・時に親しい友人に会社の上司にそして家族に・・いつか必ず優しい涙とともに振り返れる日がきます。きっといつか・・。
どうか無理をせずにyue少納言さんに誇れる人生を!
ブログの更新ありがとうございました。
頑張って生きていきましょうね!
私も頑張ります!

投稿: | 2006年8月 3日 (木) 00時15分

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