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2006年3月31日 (金)

自分の葬式を考える

今日もいい天気♪

娘・まおたんは、今日の保育園での夜のおやつが「ビスコ」なので、遅く迎えに来てと言っていた・・・。

だからー、延長保育はおやつのためにあるんじゃないってば\(-_-;)

私は、みなさんに励ましていただいて、まおたんのウエディングドレスまで見るつもりになったとはいうものの。

「自分の葬式」

のことについて、時々考えるときがある。誰にでも、いつかはその時が来るのだから、

考えておいても損はないよね~( ̄△ ̄) ?

親族だけで密葬、というのもある。

友人みんな招いて盛大にお別れ会、というのもあるし、その中くらいの規模もあるだろう。

私としては、少し経ってからお別れ会をしてもらっても、ひっそりした葬式だけで終わりにしてもらっても、どっちでもいいと思っている。予算に合わせてくれれば。

でも、希望はいくつかある。

自分が天国(?)に行ってからでは希望は言えないので、今のうちに言っとく!

式のとき、BGMとしてかける音楽は、ありがちなクラシック音楽系ではなく、

夫・ぱぱっちが作曲した曲をかけてほしい!!o(゜-^*)

夫は、現在は普通のサラリーマンだが、若かりし頃、一時期ミュージシャンだった。
ピアノのプレイヤーとしても、作曲家・アレンジャーとしても、プロとして仕事をしていた時期があったらしいのだ。(当時はまだつきあってなかったので、伝聞形)

ちなみに、本人から聞いた、その当時の話。
売れないアイドルのバックとして、Mステに出たことがあるそうだが、そのとき、

「きみはミュージシャンぽくないから、映らないでね!!( ̄。 ̄)σ」

とスタッフに言われ、まわりを往年の小室哲哉以上にシンセや機材で囲まれ、
「手」しか映してもらえなかったこともあるらしい・・・・・

(スタッフの言うこともわかる気もする(T-T*)・・・・)

結婚式のときも、オリジナル曲を作って演奏してくれたが、お別れのときも、改めて作った曲でなくていいから、ぱぱっちの曲をかけてほしいと思う。

あと、お花!!!

なんか和菊でうめつくされた祭壇って、年寄りくさくないっすか?

できれば洋花でカッチョいい祭壇にしてほしいなー。
大規模だとお金かかりそうだ。小規模でいいからさ。

日比谷花壇でもお葬式サービスをやっているらしい。

こういうの、いいかもなーと思った。

すっきりモダンな祭壇にしてちょうだいな!!

あと、式の後、よく仕出し料理を親族とかで食べるけど、そのときはみんな、なるべくおいしいお料理を食べてね~♪

ちょっとこだわりだすと、なんか結婚式の準備みたいに楽しくなってくるのだった・・・
自分でも不思議な感じだけど。( ・◇・)

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2006年3月30日 (木)

最近の悩みごと

風邪がやっと治ってきたし、今週はヤクをやってなくて元気なので、ひさしぶりにシャバの空気を吸ってきた!!

桜がきれいでしたo(*^▽^*)o~♪

しかし・・・・・

ずっと家にいたので、足腰が弱っているではないか!
一時間も外をうろうろしていたら、足がガクガクしてきたよ・・・・

軽くヤバイッす( ̄_ ̄|||)

リハビリとして、これからも散歩しよーっと!

さてさて。最近の私の悩みごと

それは、親友ではないが、仲の良かった友達に、私の病気の話をするかどうかだ。

自分の病状が悪くなり、入院したときなどに教えるのでは、遅すぎる気もする。
自分が元気なうちに、「ありがとう」とか、伝えたい気持ちもあるのだ・・・。

でも。

私の病気の話が、あんまり広まりすぎるのも抵抗があるんだよな。

「がん」って言葉は、ショッキングな響きがあるから、大騒ぎしちゃう人とか、ものすごく高価なサプリメントをすすめてくる人とかが、どうしてもいるのだ。
(すでに、又聞きしたひとから、いくつかそういう話があった。善意だけに、断りにくいのである。)

近所の友達に伝えるかどうかは、もっとも難しい。

近所のママ友たちのこと、信用していないわけではないが・・・。

伝えた誰かが、井戸端会議の際に「うっかり」口を滑らせてしまうこともありうる。
近所を散歩しているときに、たいして親しくもない人から

「きいたわよ、胃がんなんだって\(゚ロ゚ )!!?大変ね~」

などと声をかけられたりするのは、最悪だ・・・・。

今のところ、近所で私の病気を知っている友達は、まだひとりだけ。

あとは、どうしよ~(; ̄ー ̄)...?

昔、ぱぱっちのバンドサークルの人たちとも、よくバンドをやったりした。
その人たちには、そろそろ伝えるべきかな~という気もしている。

まったりしつつも、悩み多き毎日である(-_-;)・・・・。

他のがん患者のみなさんは、どうしているんでしょう?

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2006年3月29日 (水)

大好きな食器&まおたん園服

今日は、ひさびさに自分で昼食を作った!!

・・・・と言っても、ホットケーキだけどさ・・・(ー_ーゞ

ベーコン&チーズ入りと、写真のプレーンタイプと、2枚も焼いて食べた。おいしかった♪

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だいたいは、実家の母が来てくれていたり、夫・ぱぱっちが食事を作ってくれるのだ。
いい歳して甘えてるわねぇ、私・・・。
(片付けや掃除、洗濯は体調がよければ私がやっているけど・・・)

この写真の皿は、バリ島の「ジェンガラ・ケラミック」の皿だ。

ただの白い丸皿だが、去年の9月にバリ島へ行ってきた時に買ったものなので、思い出深い。

その前にも、よく通販でここの食器を買っていた。
バナナの葉の形の大皿なども気に入って使っている。

ここのはシンプルで、手作りのあたたかみがあって大好き!!

その旅行の際、もうひとつ、買った食器がある。

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これは、バリ島在住のガラス工芸家、鳥毛清喜さんのとっくり&おちょこ。

めっちゃキレイなのよ~ヽ(=´▽`=)ノ

なのに・・・・・・・・

私は、帰ってきてから胃を悪くしたため、

大好きな日本酒が飲めないのだ!! <(T◇T)>いやぁぁぁ・・・・

これで冷酒飲んだら、きっと激ウマなのになー。

しかたないので、ときどきうっとりと眺めている・・・・。

。。。。。。

話は変わって。

娘・まおたんだが、今週から仮進級し、「うさぎ組」さんになった。

これまでは私服通園だったが、うさぎ組からは、園服を着てタータンチェックのリュック型バッグをしょって、通園することになっている。

もうなんだか、その姿を見たら、すっかり「園児」でびっくり!!
つい、この前まで赤ちゃんの仲間だった感じなのに・・・・。

この姿が見られてよかったわ~(*T▽T*)

そしたら、欲が出てきて、

小学生になったランドセル姿もぜひ見たい!!!

と思ってしまった。

難しいのはわかっているけど、なんとかそこまで生きていたい。

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2006年3月28日 (火)

がんに負けない、あきらめないコツ

娘・まおたんが保育園で描いた作品。タイトルは、「よしみせんせい」だそうだ。

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わたしゃ、ミトコンドリアかと思ったよ・・・( ̄∇ ̄;)

(わからない人、ググって~)

まおたんアートは、現代的かつ抽象的過ぎて、まだまだ理解しづらい・・・。

きのうは、熱はなかったものの、風邪でのどが痛くて、先週一週間副作用がツラかったこともあり、相談して治療を休ませてもらった。

今日は、かなり風邪も治ってきた感じ。よかった( ^-^)

今日は、ココログがまたしてもメンテナンスで一日使えなかったので、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實先生の新刊
「がんに負けない、あきらめないコツ」

がんに負けない、あきらめないコツ

という本を読んでいた。

この本は、手術の2年後再発した乳がん患者さんである松村さん(NHKのがん関連番組にも出ていたから、知っている方も多いだろう)と、鎌田先生の往復書簡を中心にしたものである。

免疫療法とか、サプリメントとか、がん患者には有名な玉川温泉とか・・・

がんに負けないためにどうしたらいいのかということを、手術や抗がん剤治療・放射線治療「以外」のことについて、それぞれの専門家にたずねたりして書いてある。

玉川温泉にも、先生みずから出向いてレポートしてくれているのがすごい!

鎌田先生の本らしく、読みやすくてあたたかい雰囲気の本だが、

とりたてて目新しい話はない(-_-;;

ポジティブな気持ち、笑うこと、同病の仲間と励ましあったりすることなどが、がんを抑制するのでは・・・という感じだ。

そんなのもう、気をつけて実行してるじゃん!!

でも、松村さんが書く手紙がとても知的で、正直で、いい感じなのだ。

もちろん、私と考え方の違うところもあるけど・・・

共感できるところがいっぱいあった!!

それだけでも、読む価値はあったと思う (´▽`*)

他にも。

自分が進行がんで、はりつめた気持ちや絶望的な気持ちになっている人には、気持ちをやわらげる効果があるかも。

本のなかで鎌田先生が薦めている絵本もよさげ。買ってみようかな~と思った。

松村さんのような「行動するがん患者さん」たちも、次々旅立ってしまう。
この往復書簡を交わしていた間に病状が急速に進行し、松村さんも旅立たれた。

残念だよな・・・(ノд・。) グスン

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2006年3月27日 (月)

採血室de「ご指名!」

きのうは、夫がまたTOEICを受けに行った。その後一緒に夫の実家へ行き、おいしい手巻き寿司をごちそうになった。

娘・まおたんはシャリONLYが好きだ。
小さな納豆巻きを一口食べたあとは、すごい勢いでシャリだけ食べた・・・。
寿司屋のカウンターで、

「シャリください!!\(゚ロ゚ )」

と頼むようになるのだろうか・・・。

今日は、また治療日だが、行くかどうしようかまだ悩み中。
私の食欲がちゃんと戻ったのは、きのうの夜だった。

また今日点滴するのε=( ̄。 ̄;) ??

って感じがする。元気に過ごせる時間も欲しい。
電話して相談しようかな~

採血も、点滴も気が重い・・・・(;^◇^;)

採血については、さんざん今まで書いているが、やってくれる人によって、その技術の差が激しいようだ。

きのうのコメント欄で、のほほんさんも書いていたけど、私も望んでいること。

採血室で指名制度を導入して欲しい ( ̄Σ ̄;)!!

いつも行っている病院で採血してくれるのは、臨床検査技師さんなのかな?
きのうの記事に書いたNさんというのは、もう白髪の多いオジサマなのだが、

そのプロ根性☆に惚れてしまった・・・。

あえて、難易度の高い極細血管を選択し、やりとげる!!!

カッコいいよ、Nさん・・・・ \(▽~\*))キャー

そう、採血をする人に私が求めるのは、

イケメンかどうかでも、イイ人かどうかでもなく、ただただ

技術!!!・・・なのである。

指名料を取られてもいいの。Nさんにこの身をまかせられるなら・・・(。-_-。)ポッ

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2006年3月26日 (日)

3/20~今日までのこと

今日書いたら、過去のおなはしはオシマイですね。
あとはリアルタイムのおはなしになっていくので、ネタ切れが心配かも。

。。。。。。。。。。。。。。。。

3/20(月)治療日

採血室前が今まで見たことないくらい混雑していて、すごく待たされたが、採血ではお目当てのベテランNさんに順番がうまく当たった!!ラッキー!!(。⌒∇⌒)。

右腕の比較的太い血管は、針を刺しすぎて硬くなっちゃったんですと申告したら、

いつもみんなが敬遠する左腕の、その中でも細いほうだと思う極細血管から、一発で採血してくれた!(ノ゚∇゚)ノ⌒☆オミゴト!!

採血中、

「痛い?この血管すごく細いからちょっと痛いけど、ごめんね。でもちゃんと採れてるから」

と言われたが、

「痛いですけど、何回も刺されるよりは一発ですむほうがずーっといいです」

と答えた。だってそうだよね~。

採血後は、サワヤカな気分で外来化学療法室へ向かった私。

しかし、点滴を始めたとたん、すぐに気分が悪くなってきた。抗がん剤じゃなくてソリタを入れただけなのになー。なんでだろ。

お昼ごはんもたべられず・・・(T_T)

吐き気止めのナゼアを飲んでも全然効かない・・・(T_T)

この日は、夫・ぱぱっちが関西へ出張していた。
そのことをウチの母から聞いた義妹が、帰りが大変だろうからと、わざわざ車で病院まで迎えに来てくれた。

助かった・・・('-'*)アリガト♪

本来なら、ウチによってお茶でも・・・と義妹に言ってあげたかったところだが、あまりにも気分が悪かったので、お礼を言ってそのまま帰ってもらった。

そーっと、かつ急いで着替えてベッドに直行!!

ちょっとでも動くと「うっ・・・」とHAKIKEがこみ上げてくるので、ベッドでなるべく動かないように、寝返りも打てずにじっと寝ていた。

夜来てくれた母が、太巻きを買ってきてくれたので、なんとか必死の思いで一切れだけ食べ、また寝た。

なんにも食べないと、余計気持ち悪くなるのよね。。。

翌日は祝日だったので、弟夫婦がウチに来て、娘・まおたんの遊び相手になってくれた。
まおたんは、義妹と散歩に行き、なかなか帰ろうとしなくて困らせたらしい。
まおたんは、この義妹が「だ~いすき♪」なのである。
前日にひきつづき、色々お世話になってしまった。

ワタクシはといえば、

頭痛&HAKIKE&だるさ

の三点セットで、ほとんど寝たきり。お茶の時間だけ、なんとか起きていた。

この日、WBCの決勝があり、日本が世界一になった。
イチローはかっこいい!ムネリンはかわいい!
(試合と関係ない感想。だって、試合をちゃんと見られなかったんだもん。)

その後も、この週はずっと体調がイマイチ戻らず。
ブログを更新したり、FFXIIを少しずつやったりの、だらだらした毎日でした・・・。

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2006年3月25日 (土)

3/14~3/20までのこと

最近また新たな風邪を娘・まおたんからもらってしまったようで、またまた風邪気味なワタクシ。
まおたんが保育園に通うようになってから風邪ひきっぱなし親子です。

。。。。。。。。。。。

3/14(火)

治療の翌日はいつも、急に立ち上がるとめまいがするし、動いたときの息切れがある。
やっぱり副作用?

血液検査の結果では、ヘモグロビンはもう12くらいあるのにね(  ̄_ ̄)・・・?

3/15(水)・16(木)・17(金)

二週間以上遅れて、やっと生理が来た。
もう来ないかと思った・・・。
看護師さんも、抗がん剤をやっていると、止まることも多いと言っていたし。
来月はどうなるかな~。

それから、
私が使っている抗がん剤で、よくある副作用として口内炎がある。
今まで大丈夫だったのに、初めてできちゃったよ・・・口内炎。

副作用も、何回もやっていると色々違うのねん( ̄◇ ̄)

この日の夜、まおたんが調子悪くなり、翌日の朝には熱も出て嘔吐までしてしまった。
しかたないので、2日間保育園はお休み。
とはいえ、まおたんは遊ぼうとする元気はあるので、
つきあわされるこちらが疲れた・・・(;´ρ`) グッタリ

保育園のありがたみを再認識。

3/18(土)

まおたんの保育園グッズで、年度替りのため、新たに作らなくてはならなくなったブツ、
パジャマ入れ

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を縫った。
巾着袋なので、前に作った通園袋よりはかなりラクだったけど。

 

あと、もうすぐ体操着も使うようになるので、それにも名前を付けないといけないらしい。

3/19(日)

夫の祖父母の墓参り→代官山のカフェ・ミケランジェロで早めのランチ→NHKホールの「がん患者大集会」

代官山のカフェの前は、かっこいい外人さんとかおしゃれな犬連れの人がたくさん前を通る。

隣のテーブルも、黒いおりこうなラブラドール・レトリーバーを連れた男性がいた。
わんこはテーブルの下におとなしく伏せていて、私が顔を見たら、しっぽだけ振ってくれた。

かわいすぎ(*^▽^*)

しかし、フォカッチャサンドと紅茶だけで、一人1400円くらいしたかな。
(たけーよ( ̄■ ̄;)!!・・・)

でも、久々に「都心ぽさ♪」を味わえて満足。

NHKホールには開場前に着いたけど、すでにすごい人数が並んでいた。
でも、まあまあ見やすい一階席に座れた。

(この日のレポートは、当日アップしておりますので、そちらでご覧下さい。)

パネルディスカッションは、あまりディスカッションになってないところも見受けられたり。
講演する人のパワーポイントとかで作ったスライドが、字が小さすぎて読めなかったり。
(マッキンゼーにいたはずの人までも、読めないスライドを作るとは?)

細かく言えば、そういった改善して欲しい点もあったけど、たくさんのボランティアさんが中心になって準備してくださった大集会。

あそこまでやっていただければ、大拍手です (o^-')b

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2006年3月24日 (金)

内科と外科

なんとブログ始めて一ヶ月で、累計20,000アクセス突破しました!!<(_ _*)> アリガトォ
(すいません、相変わらずアクセスカウンター出してませんが・・・。)

「がん」という病気や医療について、関心を持っている方の多さを感じます。
これからも、ブログの更新はできる限り続けていきますので、よろしくお願いしまっす!!

。。。。。。。。。。。。。。。。

3/13(月)は、また治療日

しかし、私は風邪気味だった・・・。

朝の採血は、二ヶ所刺された。一番大事な血管、すでに硬くなってるのに余分に刺さないで~。
(と、胸のうちでひそかに思う( -_-)・・・)

この日は胃カメラの予約を取っていたので、イヤイヤながらも内視鏡検査室へ。
しばらく待って、控え室に通された。

そこで、看護師さんが体温や血圧を測り、胃の泡を消すマズイ薬を飲まされる。

そんなことをしていたら、そこへツカツカと医師が入ってきた。
消化器内科の病棟で見たことないし、白衣の感じからして、おそらく消化器外科の先生か??

その医師は、控え室にいた看護師さん二人をつかまえて、大声ではないものの、激しい調子で何か注意しはじめた。

医療ミスにつながりかねないミスならば、しっかり注意することは、そりゃ必要だろう。

しかし、なんだかすっごくヒステリックな感じなのだ・・・(・Д・)

そして、言い終わると、ボールペンを力いっぱい

バシィィーーーーッッ!!!!!

と、床に投げつけて去っていった・・・・。

私の目の前で起こったことに、∑( ̄[] ̄;)!コエーッ!! とびっくり。

他の患者の前で、ああいうことするのって、どうなの??

あれでは、看護師さんも反省ではなく反発するだけなのでは?
(じっさい、看護師さんは「どーしろっていうのよ!」と小声でぶつぶつ言いながら、ボールペンを拾っていた)

その少しあと、また私のもとへ戻ってきた看護師さんに、

「私、風邪気味なんですけど大丈夫ですかね?」

とたずねると、看護師さんは先生にきいてきます、と奥へ。

すると、主治医のK先生がすぐに来てくれて

「風邪ひいちゃった?のど痛いの?そっかー。

だったら、今日やめて今度にしよう。ね。体調のいいときにしよう。

点滴はできそう?なら、お腹すいただろうから、まず、ごはん食べてきて。

それから、いつものお部屋に行って待ってて。」

と、優しいお父さんのように言ってくれた (ノω・、) ウゥ・・・
(といっても、K先生は私と年齢はそう変わらないと思うけど・・・・)

きっと、もう内視鏡検査の準備は始めていただろうに、優しいな~。

私の主治医が、さっきの先生じゃなくて、ほんとによかった!

娘・まおたんがするように「だいすき!ムギュー」とK先生に抱きつきたくなったが、逆セクハラで訴えられてもナンなので、やめておいた。

弟(医師)と義妹(看護師)にこの話をしたら、二人とも口をそろえて、

「あー。外科医って、そういう人多いよ。もちろん、中にはいい人もいるけど。」

とのこと。やっぱり、

外科医=財前キャラ

内科医=里見キャラ (by『白い巨塔』)

なのか??ときいてみたら、

さすがに里見先生は美化しすぎ!!だそうだが、わりとそういう傾向はあるかも・・・と言っていた。。。

その後、サンドイッチを食堂で食べてから、いつもの点滴をして帰ったのだった。

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2006年3月23日 (木)

ホスピス外来へ・4

やっと今日になって食欲も復活!!

夫・ぱぱっちが買って来てくれたFF XIIでも、プレステでやろうかなーっと。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

3/10(金)、電話予約を入れてあった某病院のホスピス外来へ

ここは、家から車で1時間ほど。一応東京都だけど、友達に見舞いに来てもらうのは大変かな~というところにある。

まず、ソーシャルワーカーのYさんと研修生さんと一緒に、個室でお話しをした。

家庭環境とか、私がしていた仕事、過去住んでいたところや、通った学校の場所、現在住んでいるところの環境など、かなり詳しく聞かれた。

趣味も聞かれたので、子供を妊娠するまではドラムを習っていたし、

「楽器演奏です (・・*)ゞ」

と答えたら、なんとYさんもドラマーだった。趣味が合うので、ちょっとうれしくなった。
このYさんは、明るくてとても感じのいいお兄さんだった。

次、ホスピス病棟の診察室へ移動。先生とお話し。

私が一通り、治療の現状をお話しすると、先生はいきなり、

「今は外見、お元気そうに見えますけれどもね。

抗がん剤というのは、効かなくなるときがきますからね。」

と言った( ̄▽ ̄;)!!

いや、それは知ってるけどさ。

あまりにも、直球すぎやしないか!!?

しかし、色々話していると、ここでは必要なら輸血をしたり、IVHを入れて栄養点滴をしたり、近くの病院と連携して放射線治療も受けることができるそうだ。

もちろん、患者の意思だけでなく、先生の判断で「やったほうがよい」という場合だけれども。
そういう治療に関しては、比較的柔軟性を感じるところだった。

私が、

「今の薬が効かなくなったら、次の薬を試すかどうか、

まだ主治医と話していないんですよね~」

と言ったら、先生は、

「自分なら、次の抗がん剤はやりませんね」

とあっさりおっしゃる・・・・・Σ( ̄ε ̄;||| 

またまた直球で、つい見逃したよ・・・・。

2種類目以降は、副作用が強く出やすいので、自分なら副作用のない状態で、ぎりぎりまで家族と一緒に過ごすほうがいいと考える、という。

まあ、緩和ケアの医師の方だからそうおっしゃるのであって、他の科の先生だと違う意見もあるかと思うが・・・。

ここの先生の言うことも、わかる気もする (・_・)ウン・・・

私は、どこらへんまで抗がん剤治療をするほうがいいのか、まだ決めかねている。

普通の病院の中にあるので、ホスピス病棟にも病院っぽさはやはりあるが、ファミリーキッチンも広いし、家族が泊まれる家族室も二部屋ある。

個室の中も、ソファーなどもあるし、予想よりは設備も良いと感じた。

ボランティアさんに買い物代行なども頼めそう。

先生の直球発言に慣れれば、悪くはないかも?

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2006年3月22日 (水)

ひなまつり→治療

今日は、かなり体調復活しました!!

副作用、ないといいんだけどね~。

。。。。。。。。。。。。。。。。

今年のひな祭りは、イベントっぽいことは保育園でやってもらえるので、ウチでは雛人形を飾った以外は何もせず・・・。ちらし寿司も、保育園の給食で出るのだ。

ブログは始めてみたら、けっこうたくさんの人に読んでもらえているようで、コメントで励ましていただけたり・・・。

病気療養中でもできる、新しい趣味を見つけた!!

という感じ。もっと早く始めればよかったわ~。

3/4は、夫・ぱぱっちのバースデーヾ(@^▽^@)ノ

誕生日プレゼントとしてiPodが欲しいというので、「いいよ~」と言ったら、すぐに近所のヤマ○電機に行って自分で買ってきたぱぱっち。

ついでに、ハンドミキサーやフードプロセッサーなどとして使えるグッズを買ってきた。

これで、私のためにポタージュスープを作ったり、まおたんが喜びそうなケーキなどを作ってくれるつもりらしい。

優しいな~ぱぱっちってばー ( ̄∇ ̄*) !!

夜、近所のおいしいイタリアンレストランでお食事。(写真は、3/5の記事にのっけてあります♪)
みんな大満足の、いいお誕生日でした☆

6月は私、7月はまおたんの誕生日がある。

そのときも、ちゃんと元気で祝いたいものだ。

翌日ぱぱっちは、さっそく苺のショートケーキを作ってくれた。
初めてなので、少し固めだったけど、おいしかったよ~。

3/6(月)は、またまた治療日

採血室が超すいていて、しかも一発で血がとれた!わーいヽ(*^∇^)ノ

その後売店でおにぎりとパンを買い、いつもの外来科学療法室へ。

ベッドで点滴前にパンをかじっていたら、隣のベッドに来たおばさまに、

「ここで何か食べてもいいんですか?」

とたずねられた。退院後、初めての外来治療らしい。

「ここは飲食自由ですよ。私は抗がん剤入れると食欲がなくなるので、その前に食べちゃってるんです。」

と答えた。

おばさまは悲しそうに、肺がんで手術し、抗がん剤はやってもやらなくてもいいと言われたが、再発が怖いのでタキソールを点滴してもらうことにしたのだ、と言う。髪も抜け始めたそうだ。

「でも、治る可能性があるだけいいですよ~。私は胃がんですけど、手術できないところまですすんでて、抗がん剤しかやりようがないんです。もう、治らないって言われてますから」

と、『あのスーパーが安いんですよ』みたいな話をする調子で、パンをかじりながら話している自分に、ちょっとびっくりした。

その後、先生方がいらっしゃり、イケメン研修医さんに会えてうれしい気分になっていたところ、K先生から

「今度胃カメラやろうと思うんだけど、来週と再来週、どっちがいい?」

ときかれてしまった・・・・( ̄ロ ̄lll)。

どっちもイヤに決まってるが、イヤなことは早く終わらせたいので、来週にしてもらった。

「あの胃カメラ前に、のどにためる麻酔がマズイんですよねぇー」

と言ったら、研修医さんがサワヤカに笑ってくれた。

よし ( ̄ー ̄)!!

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2006年3月21日 (火)

ブログを始めた日→治療

昨日は、ワタクシ史上最強の副作用でございました(汗)

ちょっとでも動いたらHAKUかも!!という感じだったので、ただベッドの上で寝返りも打たずにじっとしておりました。

先週はラクだったのに。今日もまだ頭痛とかあります・・・(T△T)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

2/21(火)、昼間、娘・まおたんが保育園に行くようになり、ヒマができた。
色々な同病の方のブログを見ていたのだが、そのうち、

私もやってみようかな~ (* ̄o ̄)

という気持ちが出てきた。
さっそく、「ココログ」に登録。翌日から何か書き始めることにした。

2/23(木)、体調も天気も良かったので、近所の本屋までお散歩。
病院ランキングの本を、2冊買ってみた。

どちらも、手術件数のデータがほとんどで、今の私にはあまり関係ないけれど、

へぇ~こんなところの病院が、人気なんだ~

とか、見ていて結構面白かった。

帰りに、スーパーで買い物してマンションへ戻ったら、幼稚園バスがちょうど戻ったところで、とてもにぎやかだった。

病気判明前は、そこにいるママたちと同じ世界にいたはずなのに、

今はもう違う世界・・・ p(・・,*)

という気分。そういう微妙な感覚があった。

2/24(金)、ママ友と近所のレストランでランチ会

私以外は、みんな子連れで来ており、子供たちはみんな興奮して大騒ぎ。
入院以来3ヶ月くらい会っていなかった子もいたのだが、みんな成長して、話し言葉も増えていた。

みんなと久しぶりにおしゃべりできて、楽しい時間を過ごせた。

2/25(土)、多摩動物園へ。

まおたんは、途中、「アイスが食べたい」とか「おんぶして~」とか、ぐずって大変だった。
でも、平和なファミリーの週末・・・・って感じで、うれしかった(*^▽^*)

2/27(月)、また治療日

採血が不安だったのだが、採血室で一番上手なベテランのおじさんに当たった。ラッキー!!!

血管が細すぎていつも嫌がられる、左腕からうまく一発で採血してくれた。

そのあと、医療相談室へ行き、去年の年末に私たちの相談に乗ってくれたOさんに会い、まおたんが無事保育園に入れて、楽しく通っていることを報告した。とても喜んでくれた。

外来化学療法室に行ってベッドで待っていると、やってきたK先生が、血液検査の結果、骨の異常をあらわすALPがすごく下がっていたと笑顔で話してくれた。

私もうれしくなった (/^▽^)/

しかし、帰ってからすっごく気持ち悪く、今にもHAKIそうだったので、家に帰ってずーっと眠ることにした。

あーつらかった・・・ (  ̄_ ̄)

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2006年3月19日 (日)

がん患者大集会

行ってきましたよ!がん患者大集会!!

今日は、いつもの話は抜きで、思ったことなどを・・・。
ちゃんとメモを取っていたわけではないので、ニュアンス的に違うところもあるかもしれません・・・。そしたらごめんなさいヾ(^-^;)

癌研有明病院の武藤院長が、講演でお話されていた内容ですが。
NHKスペシャルなどでも紹介されていましたが、チーム医療など患者が望むシステムがしっかりしているんですよね。

「こういう病院にかかりたい・・・・(*゚ー゚*)」という気持ちになってしまいました。
実際は自宅から遠いですし、(院長も心配されていましたが)こういうところで紹介されると、病院の電話回線が間に合わないほど問い合わせ電話が殺到するそうですから、おそらく行くことはないでしょうけれど。

患者が「ここにかかりたい」と思う。
そういう病院が、あまりにも少ないのが問題なんですよね(-_-)

次にお話をなさった、患者会(支えあう会「α」)の代表をしていらっしゃる土橋さんのお話も、がん体験者の話として、とても迫力がありました。

第2部のパネルディスカッションも、なかなか面白かったです。

北海道がんセンターの西尾先生のお話のなかで、

がん治療に関する一般論はインターネットや本でも調べられるけれど、
結局、がん患者が知りたいのは「自分にとってはどんな治療がベストなのか」ということだ。

というようなことをおっしゃっていましたが、本当にそうだと思います。

私のこの状況、病状の場合、どうするのが一番いいのか?

ということが、患者なら誰でも知りたいですよね。それを相談できる相手・場所というのが、なかなかない。

壇上にあがっていらっしゃいませんでしたが、マイクを向けられてお話された癌研有明病院緩和ケア科の向山先生がおっしゃっていたことには、「その通り!」と感じることが多かったです。

たとえば・・
緩和ケアに関しての知識を、抗がん剤治療を担当する腫瘍内科医もきちんと身につけ、並行して適切な緩和ケアを行えるようにするべきではないか。

私も、そういう緩和ケアを望んでいます。

鳥越俊太郎さんもパネラーでいらっしゃいました。
鳥越さんが、「かかりつけ医と手術をしてくれた先生とで、抗がん剤をやるべきかどうかについて、言うことが違って困った」とおっしゃっていました。

同じ患者に対しても、何を専門にしている医師かによって、言うことは違ってきたりするようです。

その中で、どの先生のどの意見を自分が選ぶのがベストなのか?

患者は、こういう悩みも持っています。

やはり、こういうときに医師同士で意見を出し合い、治療方針をまとめてくれる「チーム医療」は、とても良いと思います。
患者が、いくつもの病院やいくつもの診療科で受診することは大変です。そうしなくても、何人もの医師の意見をつきあわせ、どれがベストか検討してもらえる。

いいですよね~o( ̄▽ ̄o)

がん医療には、色々な問題点があります。

政策・制度上の問題から改善しなければいけないことも多いと思います。
こういうふうに患者の意見を取り上げての大会というのは、有意義だと思いました。

。。。。。。。。。。。。。。

今日は、疲れましたし、明日はまた治療日なので、更新できないと思います。

また、火曜日には更新しますのでヨロシクです (⌒∇⌒)ノ""

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2006年3月18日 (土)

治療一回休み

今日は、とりあえず家でゆっくりしてます。

明日は、今のところ夫の祖父母のお墓参り→「第2回がん患者大集会」へ参加予定なのです。

なんか疲れそうな気もするのですが、疲れたら早めに帰って寝まーす。

。。。。。。。。。。。。。。

前日に採血したエリアは、おもいっきり内出血し、紫色になってしまった・・・・。
腕で採れなくなると、手の甲や足から採るという。
看護師さんいわく、それがどっちも痛いんだそうだ。 (T-T*)フフフ…

腕の血管、早く復活して~~ ヽ(  ̄д ̄;)ノ

2/17(金)は、保育園で作品があった。
夫・ぱぱっちと一緒にお迎えがてら、見てきた。とても寒い日だった。
まだ入ったばかりなのに、娘・まおたんの作品も、ちゃんと展示してあった!
(作品のうち、「フォトフレーム」の写真を、プロフィールのところにのせています)
0歳児や1歳児の作品もあり、どれもしっかりアートになっていた。
とってもかわいかった♪

2/18(土)、友達の一人が電話をくれた。
ちょっと心配な症状があったので、婦人科に検査に行ったらしいのだが、そこの医者が、

「出産の予定がないなら、もし子宮取ることになっても平気でしょ?」

みたいな、激しくデリカシーに欠ける発言をしたらしい。
その友達は、まだ独身だけど、これから結婚・出産だってまだまだありえる年齢なのに。

ひどすぎるぞ (-゛-メ)

私のほうも治療のグチをしばらく話し、スッキリした。

2/20(月)、治療日・・・・なのだが、のどが痛くて、目も真っ赤に充血。全身だるくて、

完全に風邪!!

という状態。

外来化学療法室に、電話して相談してみた。看護師さんが、U先生に確認して、折り返し電話をくれた。

「一回くらい休んでもいい。来週また来てください」

とのこと。

毎週行くのが少し辛かったので、今回休ませてもらった。
ぱぱっちも心配して会社を休んでくれて、おいしい「おじや」を作ってくれたり。

とても助かった。。。( ̄▽ ̄=)

がんがきっかけになって、離婚する夫婦もけっこういるらしい。
こんな時こそ、助けが必要なのに・・・・。
その点、ウチはそんなことを言い出す夫でなくて、本当によかった!!!
ぱぱっちに、迷惑だけをかけることのないよう、なるべく自分でできることは自分でしよう。

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2006年3月17日 (金)

お墓参り→治療

娘・まおたんは今日も保育園お休みです。

でも元気になってきました。よかったけど、遊び相手になるのが大変~。

今、お昼寝中にブログ書いてます。

。。。。。。。。。。。。。。

まおたんが保育園初登園の翌日くらいに、外来を受けたうちの一つのホスピスから、

「ベッドに空きが出ましたが、治療は続いていますか?」

と電話をいただいた。
そこは、入るとしたらここが第一志望かも・・・・と自分では思っている病院だった。でも。

まだ、抗がん剤治療中だ。今のところ効いているし。

せっかくお電話をいただいたが、その旨を話し、今回はまだいいです、と答えた。
今のがしても、入りたくなったときに入れるかなぁ?

まおたんは、保育園の慣らし保育は、時間が短すぎて不満な様子。
お友達も、「えー、もう帰っちゃうの?」と残念がってくれるらしい。
保育園の子は、集団生活に慣れていて協調性があり、とても優しいのだ。

2/11(土)は、私の父親の命日。

ウチの家族と、母と、弟夫婦で墓参りをした。みんなで、線香とお花を供え、手を合わせてきた。
まおたんは、このころ反抗期で、「あいさつ系」のことは、なかなかしなかったのだが、この日も、手を合わさず、固まってみんなの姿を見ていた。

一日でも長く元気な日を過ごせるよう、

私を守ってください!( ̄人 ̄)

とお願いしてきた。父は、聞いてくれたかな?

父は、まだ38歳だったとき、肺がんでなくなった。
そのとき、私は8歳、弟は5歳だった。
入院中の父に付き添い、そして残された母は、本当に大変だったと思う。

私は、その父よりも早く、「がん」という病気、そして「人生の終わり」というものに直面しなければならなくなってしまった。

もしかして、その「がん」になる運命を持ってしか、私という人間は、この世に生まれられなかったのかもしれない。
そんなのはツライけれど、生まれてきたからこそ、今までの楽しい人生があったわけで。

どっちにしても、やっぱり、生まれてきてよかった ('-'*)

墓参りのあと、近くの豆腐料理屋でみんなでお食事。ここの料理はおいしい。
まおたんも、かぼちゃや湯葉の天ぷらを、喜んで食べた。
普段食べない豆腐の田楽まで、2本も食べた。

ちなみに、この日から、トリノオリンピックが始まったのだった。

2/13(月)は、また治療日

この日、産婦人科のN先生から、「ホルモン値が下がったから、もう来なくてもいいよ」と、やっと言ってもらえた。

その後行った採血が大変だった。

4人もの人がかわりばんこに出てきて、それぞれが、かなり時間をかけて血管をさがし、計4回刺されてやっと終了。
刺してからもグリグリとさぐられたり・・・・。(もっと刺される人もいるだろうけど・・・。)

痛いっちゅーの!!o(-_-#"))

やはり、いつも採血に使っている血管が、かなり硬くなり、採血しにくくなっているらしい。
今後も毎週採血するのに、どうするんだろう?

採血がやっと終わったのが10時過ぎ。げんなりしながらも、急いで化学療法室へ。
もう部屋はほとんど満床だった。

11時ごろ、K先生とU先生が、腫瘍マーカーのデータを持ってきてくれた。

すごく下がってる!!よかった~。ヽ(^◇^*)/ ワーイ

このとき、隣のベッドの患者さんのところに、入院時お世話になった研修医のE先生がちょうどやってきていて、あとで私に話しかけてくれた。

「聞こえたけど、マーカー下がったんですってね。よかったですね!(*^▽^*)」

と、とても喜んでくれた。E先生は、今は外科にいるそうだ。

気持ち悪くても、これでがん細胞が減ってくれてるなら、がんばろう~っと。

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2006年3月16日 (木)

保育園準備→治療

昨夜から、娘・まおたんが珍しく熱出しちゃいました。

今日は、大好きな保育園もお休みです・・・。

。。。。。。。。。。。。。。。

1/31(火)10:00ごろ、夫・ぱぱっちと二人で保育園へ行き、説明を聞いてきた。書類の山を渡され、翌週から通園することになった。
布団カバー(掛敷各二枚)と、通園バッグは・・・

どうしても手作りしないといけないようだ (-_-)ウーム

中を見学後、近所の大型スーパーで、あわててミシンと、手作り品の材料を買い、ランチを食べて帰宅。

家に帰って、夕方まおたんを義父母の家に迎えに行くまでの間に、ミシンを出して少しずつ作業を始めた。
縫い物なんて、高校時代以来かも。

2/3(金)に、ぱぱっちとまおたんが、幼稚園未就園児クラスに行って節分の豆まきをし、「保育園が決まりました。お世話になりました。」と、ごあいさつ。

私は、その間に自宅でチョ~急いで通園バッグを縫い上げた。

ちゃんと裏地もつけ、マチもつけて、卒園するまで使えるように、丈夫に仕上げたつもりだ。

2/4(土)に、再びまおたんを義父母に預け、今度は夫婦二人で布団カバー作り。
半日かかって、やっと1セットできた。簡単そうに見えるのだが、マジックテープをたくさん付けたり、名前を縫い付けたりもあって、意外に時間がかかるのである。

夕食は外食し、帰ってからもミシンの作業を楽しく続けた。

なんだか文化祭の準備みたいだね (* ̄∇ ̄*)

と二人で話しながら。

そして、翌日の日曜日、布団カバー2セット目も完成!!

まおたんの入園準備品を、自分たちで作れたことは、とてもうれしかった。
病気が進行したら、こんな当たり前のことが、できなくなっていくのだろう。

だからこそ、今の幸せを大事にしたい。

翌日、2/6(月)は、まおたん初登園。私は治療日

今日は点滴中からずっと、いつもより吐き気がひどくて、吐き気止めのナゼアを飲んでも治らなかった。
副作用の出方って、毎回違うようだ。

抗がん剤点滴は、

今月来月と休みナシで毎週やるらしい・・・(´Д`|||)

「とりあえず、yue少納言さんの体が耐えられる量で、確実にきいているから。」

とのこと。ちょっと辛いけど、効いてる間は、がんばるしかない。

帰りに薬局の薬剤師さんに「この治療はいつまでやるんですか」ときかれ、

「ずーーっとです。今月も来月も毎週だし」と言ったら、

「大変ですね・・・・」と同情のまなざしで言われた。

うん。大変だよ ||(-_-;)||||

保育園のまおたんは、同じマンションの友達がひとりクラスにいたこともあり、すんなりぱぱっちとバイバイしたそうだ。
慣らし保育なので早く迎えにいったときも、「やだ~まだ遊ぶー」とゴネたそうで、楽しかったらしい。気に入ってくれてよかった!

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2006年3月15日 (水)

温泉→治療!

今日もいまいちダルさが抜けませんが、食欲は復活!
食べないと元気出ませんもんね。

娘・まおたんも、今日の保育園のおやつが

朝/みかん・三時/くずもち・夜/ジャム蒸しパン

だと知ると、張りきって出かけていきました ( @^-)_○

。。。。。。。。。。。。。

元気になってきたら、どこかに行きたくなった。ネットで調べたら、1月~2月中旬までの土日、河口湖で花火をやっているらしい。

花火見た~い (/^▽^)/ !!

河口湖なら車で1時間程度。1/28(土)泊で、花火が見える温泉宿を予約し、れっつごー!!

朝11:30頃家を出て、昼食をほうとう不動で。ほうとうと馬刺しをいただく。うまい!
ほうとうが、こんなにおいしいと思ったのは初めて♪

この店の、ちょうど道の向かい側にある宿で、大学時代は毎年バンド合宿をしていた。
社会人になってからも、友達同士でここでのバンド合宿を企画し、付き合う前のぱぱっちと一緒になったこともある。(そのときは、お互い全然関心がなかったが。)

河口湖は、そういう思い出の場所でもあるのだった。

チェックインの14:00頃宿(湖山亭うぶや)へ。最高のロケーションで、富士山と河口湖が美しく見える。温泉でのんびりしてから、食事をたっぷり食べた。

もちろん、お目当ての花火もばっちり!!きれ~・・・(* ̄。 ̄*) 

こういう時間が持てて、いい思い出が一つ増えたことが、うれしかった。

翌日ももう一度温泉に入り、売店でお土産を買ってチェックアウト。河口湖を見に行ってみると、氷が張っていた。まおたんは、周りを走ったり、氷の上にちょっと乗ってみたりして、とても楽しそうにしていた (^▽^)

帰りは相模湖I.C.で降り、以前一度行っておいしかった、津久井のピザ屋さんドリームファームへ。ここは、めっちゃうまいので、いつも混んでます。

しかし翌日(1/30)は、また治療日・・・。

いつものコースで。産婦人科も、あと何回か行かないといけないらしい。
血液検査の結果(ALPが3000台から2300台に、さらに下がっていた)を見ると、とりあえず今の抗がん剤が効いていることは確かなようで、本当によかった。

この日はU先生だけが来て、「貧血だけが心配だけど、ひどくなったら輸血しますから」ということだった。

ずっと効いてくれるといいのになぁ・・・m( ̄0  ̄〃)

この日、市役所から急に「2月から保育園の空きが出たので入れます」と連絡があったそうだ!
ぱぱっちが電話で園長さんと話し、翌日、園に行って準備などの説明を聞くことにした。

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2006年3月14日 (火)

ホスピス外来へ・3

きのうの胃カメラは、風邪のためのどが腫れていて、延期になりました。

ええ、中止ではなく「延期」です・・・・。

また今度、再来週あたりです・・・・。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

1/21(土)、先週電話をくれた後輩二人+ギターの子のダンナさん(夫・ぱぱっちと同じバンドサークルの人で、ぱぱっちの友達)が雪の中、わざわざ遊びに来てくれた。

ほとんど、後輩二人は、娘・まおたんにつかまりっぱなしであった・・・。

こうやって、「普通に」遊びに来てくれる友達は、ありがたい(*^-゚)v

1/23(月)、通院日。

8:30採血→9:00産婦人科→採尿→9:30化学療法室

採血結果で、骨の異常を表す値(ALP)が、6000台から3000台へと下がったそうで(それでも基準値の10倍以上だけどさ)、主治医のK先生とU先生の表情も、心なしか明るかった。

抗がん剤が効いているなら、それはうれしいことだ ヽ(‘ ∇‘ )ノ

この日は、会計と薬局で、いつもほど待たされずに済んだので、15:10のホスピス外来予約にギリギリ間に合うかも・・・と思い、急いで電車で向かった。

この日にぱぱっちが予約していたのは、本などでも有名な、某ホスピスである。

本当にギリギリで、なんとか間に合った( -.-) =зホッ

診察室に入ると、先生と婦長さんが、中で待っていた。

痛みのケア以外に、どんな治療ができるかたずねたら、

出血した場合、内服の止血剤を出したり、必要なら輸血もできるという。
ただし、どんどん出血して止まらないような時は、輸血をしたほうがツライ症状につながるので、しないそうだ。

食べられなくなったときの栄養点滴は、それをすることで、大きくなっているがん細胞をさらに大きくしてしまい、より苦しくなることも多いので、あまりやらないということだった。

先生は、なかなかわかりやすく、話をしてくださった。
前回・前々回に行ったホスピスの先生と比べると、話し方は、わりとクールかも?

その後、ホスピス病棟内を見学させていただく。

病室は満室で、見ることができなかったが、雰囲気はよくわかった。
ボランティアさんがたくさんいるところが、最初に外来へ行ったホスピスに似ている。

でも、雰囲気的に、違ったところがある。

ここでは、廊下やサロンなどで、ひとりも患者さんにすれ違わなかったのだ。
(ご家族の方は見かけたけど)

ボランティアの方も親切だったし、内部もきれいで、設備もよかったが、ここに入院することは、かなり難しいような気がした。

病状の厳しい人から、審査のうえ、入院できる。かつ、ここは大人気ホスピスだ。
        ↓
たまたま空いているときでない限り、よほど病状が進行しないと入れない可能性が高いのでは?

と思ったからだった。(実際はどうかわからないけど)

ここから、ウチまで車で1時間。
副作用もあり、すっかり気持ち悪くなってしまった・・・。

やっぱり、点滴した日は、あまり無理しないほうがいいかも。

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2006年3月13日 (月)

ホスピス外来へ・2

ていうかさー、信じられなくない?

採血→胃カメラ→いつもの抗がん剤点滴

ってさー、ありえなくない??

フツーさー、どっちかだけじゃないのぉ(-_-メ)???

・・・と心の中で悪態つきながら、今日も病院へ向かうワタクシでございます。

今日イケメン研修医がいなかったら、暴れるかもしれません・・・・。

!☆(゜o゚(○=(-_-;


。。。。。。。。。。。。

1/16は、月曜日。抗がん剤治療の日。

8:30に採血後、産婦人科へ行き、そこで指示されてまた採血室へ戻って採尿、それからやっと化学療法室へ。

この日は、同じ部屋にいたのが全員女性だった。若いひとも2人いた。

そのうちの一人の方に、いつもここでのお昼ご飯はどうしているか(食べ物の心配ばっかりだな)聞いたら、

「いつもサンドイッチとか菓子パンとか持ってくるわよ」

と言っていた。向かいのベッドのおばあちゃんも、おにぎりを食べていた。
なら、私もやっぱり遠慮なく食べようっと。

この日は、幸い、副作用が軽かった(^◇^*)/

この日の点滴・会計・薬局のあと、バス・電車・タクシーを乗り継ぎ、

ウチから最も近い某ホスピスへ。

私が無理そうなら、夫だけで外来を受ける予定だったが、前の外来の人が長引いていたので、十分間に合った。(順番が来たのは予約より1時間遅れ)

ここも、一つ目に見に行ったところと同じように、

ホテル風!! 

こちらは、内装・外装ともに

ゴ~~ジャス!!!w( ̄△ ̄;)w

ソファーで待っている間に、一ヶ月前に夫・ぱぱっちがこのホスピスに見学に来たとき会ったという、女性に会った。
今はここに、ご主人が入院しているというので、少しお話をうかがった。

この方のご主人は、骨転移で骨折したことから、がんであることがわかったという。

ご主人は、まず整形外科にかかったそうで、がんの原発がどこかも判明しないうちに、急に症状が悪化してしまったそうだ。
整形外科の病棟で、適切ではない痛み止めの処置を受けたため、幻覚症状が出てベッドに縛りつけられ、「余命一週間」などと言われていたらしい。

それが、このホスピスに入れてから、かなり楽になり、

笑顔と意欲もわいてきたそうだ(^▽^)/

車椅子で散歩に行ったり、ベッドで起きて新聞を読んだりできるようになったと、笑顔で話してくれた。

ぱぱっちが一ヶ月前に会ったときは、憔悴しきって、祈るような目で、病院の方に「ここに入院させて欲しい」と訴えていらしたというのだが、その面影はもうなかった。

この日、お話をした医師の方も、非常に丁寧に私たちの話を聞いてくださる先生だった。

部屋も十分な広さがあるし、事前にホームページなどを見て想像していたよりも、全体的に良い印象を持った。

しかし、ベッド数が少ないので混んでいる。
やはり、他にもいくつか外来を受けるべきだろう、と思った。

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2006年3月12日 (日)

友達に告白

今日は、ワタクシ風邪気味です。娘・まおたんが、保育園からいろんな風邪を持って帰ってくるんですよね |;-_-|=3 フゥ

明日通院日なので、治さないと。明日、とうとう胃カメラだよ・・・・。

そんな私たちのために、夫・ぱぱっちがケーキを作ってくれました!!

Photo もともと料理は上手ですが、最近ハンドミキサーを買ったことをきっかけに、甘いもの苦手なぱぱっちが、ケーキも作ってくれるようになりました。( ̄∇ ̄ノノ"パチパチパチ!!

 おいしかった!!

 。。。。。。。。。。。。。。

1/14(土)。
私が病気のことをメールでつたえた友達二人と、その友達がさらにもう一人さそってくれたので、

3人の友達が、はるばる遠い我が家に遊びに来てくれた(*^▽^*)

私が、「花の女子大生」だったころ、学内の女の子しかいない、(一見不毛な)インストバンドサークルに入っていた。
そこで一緒にバンドをやっていた、同期のギターとドラムとベースの友達だ。
ちなみに、私は当時キーボードを担当していたのだけれど、みんな練習もそこそこに、おしゃべりばかりしていたものだ。

みんなと会うのは、1年ぶりだったり、3年ぶりだったりしたけど、まったくそんな気がしないのが、昔の友達のいいところ!

まおたんは、3人の「おねえさん(ツッコミ不要)」が遊びに来てくれたのがうれしかったらしく、誰かをつかまえては、ままごとの相手をさせていた。

みんなとたくさんおしゃべりして、とても楽しかった!

みんな、私の告白メールを見たときは、たくさん泣いてくれたらしいけど、私の前では今までと変わらない明るさで、接してくれた。 (T△T)アリガトウ・・・

このことで、友達に病気のことを伝えるのは、相手を選べばよいことだと思ったので、他の友達にも少しずつ伝えていこうと決めたのだった。

翌日1/15(日)、ぱぱっちはTOEICを受けに行ってしまった。

この日、社会人になってからも一緒にバンドをやっていた、サークルの後輩二人(ギターとベース)にも、メールをした。

メールを送ってわりとすぐ、ギターの子から電話があった。

「センパイ、来週あたり遊びに行きますから!!!!」

と、もう二人で連絡を取り合ってくれたらしく、さっそく彼女たちも遊びに来てくれることになった。

私は自分の結婚式のとき、どうしても「ドレスでドラムを叩く」というのがやりたかったのだが(ツッコミ不要)、そのときも一緒にバンドをやってくれた仲間だ。

私のウチに遊びに来てもらうのは、なんと7年ぶりくらいだ( ̄▽ ̄;)

友達っていいなぁ・・・と思った週末でした。

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2006年3月11日 (土)

抗がん剤治療・4

いやー。今、アクセスの累計を見てびっくり!!(アクセスカウンター出してないのでみなさんからは見えないんですが・・・。)

まだ一ヶ月も経っていないのに、12,000越え!!(ノ´▽`)ノ

たくさんの方に読んでいただけていると思うと、ちょっとうれしいです。
これからも、どーぞよろしくでございますm(_ _)m

。。。。。。。。。。。。

楽しいお正月休みが終わり、1/10には

初めての!!!
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アコム 外来化学療法・・・・・・・・・・(ノ_-;)ハア…

昨年末まで入院していた病棟とは、別の病棟(ちと古い)に、「外来化学療法室」はある。

まず、熱帯魚の水槽が並ぶ待合室があり、右手にナースステーション。
その先へ進むと、6床部屋が2部屋用意されていた。
(混んでる日はもう一部屋開けてくれる)

まず、その待合室で看護師さんに血圧や熱などを測られ、体調をきかれる。

ふだんは早い者勝ちでベッドの位置を選べるそうだが、この日は連休明けで混んでいたため、ベッドを指定された。
とりあえず、そのベッドで待つ。

この日だけは、先に採血をしなくてもいいと言われていたから、10時頃スムーズに点滴を始めてもらえたが、採血室の混雑ぶりを見ると、来週からは早めに来ないといけなそうだ。

研修医のT先生が点滴を刺してくれて、しばらくしてからU先生も様子を見に来てくれた。

点滴をしていると時間がかかるので、お昼をまたぐのだが、

お昼ごはんはどうしたらよいのか( ̄ー ̄?).....??

という問題に気づく。
入院中は、食事は自動的に出てきたものだけど、外来だしな~??
一応、バッグにウィダーインゼリーを持っていたので、それを途中で胃になんとか流し込んだ。
周りの人をさりげなく見ていたが、みんなけっこう寝息を立てて眠っていて、あんまり食べている様子はなかった。

あとで看護師さんに聞いたら、外来化学療法室では、飲食自由だそうだ。
おにぎりとかを持ってきてベッドで食べている人もいるらしい。
お腹が空いていると、余計に気持ち悪くなる気がするので、次からは食べ物を持ってこよう。

15:30過ぎに夫・ぱぱっちが迎えに来てくれたが、

会計と薬局で、またチョ~待たされた(あわせて1時間ちょっと)・・・(ー。ー)フゥ

これが、外来のツライところかも・・・。

この日は、一週休んだおかげか(?)副作用も軽く、家に帰ってから

そうめん(薬味ナシ)・たまご豆腐・めかぶ

という、冷たくてあまりニオイのしない夕食なら、食べることができた。
舌がしびれていて、自分がひじょーに薬クサイため、あんまりおいしく感じることはできないけど・・・・(TωT)

翌日も、体調はわりと良く、まおたんをマンション内英会話サークルに連れて行くことができた。
久しぶりに近所のママ友に会えて、うれしかった (^▽^)/
家で寝ているより、気がまぎれてよかったかもしれない。

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2006年3月10日 (金)

お正月、つづき

今日、某病院のホスピス科の外来受診をしてきました。(o^∇^o)

ソーシャルワーカーのYさんが、明るく親切な方で、色々話を聞いてくださいました。
私の現在の元気っぷりと、紹介状の記述内容とのギャップに、最初ちょっと戸惑っている感じはありましたが。

他のホスピスも見て回っていることを正直に話したのですが、そこの医師の方は、

「そうやって、元気なうちにいくつか見て、その中でいいと思うところをご自分で選ばれるのがいいと思いますよ。そのほうがご家族にとってもいいと思います。」

とおっしゃっていました。
どこのホスピスに行っても、その点は先生方、同じようなことをおっしゃいます。

治療に関しては、聞いてみると、病院によってできる範囲、やろうとしてくれる範囲は結構違うようです。
面会時間も、部屋の雰囲気、食事内容なども、もちろん違います。
それに、どこの病院も、希望してすぐに入れるほど空いているところはなかった!
もし、ホスピスを考えていらっしゃる方は、可能なら、いくつか見学されておくといいと思いますよ。

今日のところは、家からは1時間かかってしまうので、ちょっと遠いのですが、好印象でした。

。。。。。。。。。。。

2006年に入って、1/4が初めての通院だった。

車が空いていてすぐ着いたし、産婦人科の診察は、わざわざ来たのに一瞬で終わってしまった。あと、とりあえず採尿だけして提出し、おしまい。

しかし。そのあとの会計が大・大混雑!! w( ̄▽ ̄;)wヒエー

そんなところにいたら、いかにも風邪がうつりそうなので、マスクで防御だ!

その帰りに、文具も売っている本屋により、本と、レターセットを買った。
そのレターセットには、娘・まおたんへの手紙を書こうと思ったのだ。

これからの、まおたんの誕生日ごとに一通ずつ、20歳までの分を書いて、夫・ぱぱっちに託そうと考えていた。
三歳のまおたんへ、今、言葉で伝えられるのはほんのわずかだけれど、手紙なら、大きくなってからも読んでもらえる。
私のことも、忘れないでいてもらえるだろうと思ったからだ。

とりあえず、4歳の誕生日の分から書き始めたけれど、最初の何通かの手紙は、できれば渡さずに、
直接お祝いしてあげられたらいいなぁ・・と思っている。m(゚▽゚* )

この時点まで、私の病気を知っていたのは家族だけだった。

友達に伝えるかどうか、伝えるなら誰までに伝えるか・・・

けっこう、悩んでいた。
でも、1/5に、大学時代の親友2人に、メールで病気のことを伝えてみようと決心した。

2人は、とてもあたたかい返信をくれて、一週間後くらいにウチに遊びに来てくれることになった。

やっぱり知らせてよかった(;∇;)

1/6には、まおたんを入園させたくて、未就園児クラスに週一で通わせていた幼稚園に、夫婦で事情を話しに行った。

先生方は、事情をよくわかってくださり、「今まで通っていた未就園児クラスに保育園が決まるまで通わせたい」「年少からの入園はキャンセルさせて欲しい」という、私たちのわがままなお願いをすぐに受け入れてくださった。

しかも、「いかなる事情があっても返金しません」と書類に記されていたのに、すでに払っていた入園金も、園長先生と話し合って「特例中の特例ですが」と返してくださることにしてくださった。治療費がけっこうかかっていた私たちには、本当にありがたいお心遣いだった。

1/8の日曜日には、私の実家に、私の病気を知った父方の親戚が4人来てくれるというので、家族で行ってきた。弟夫婦も来ていた。

みんな心配してくださって、お花やお見舞金までいただいてしまった。

うっかりと心無い言葉を言わないよう、気を使ってくれているのがよくわかった。
私の父も38歳のとき、肺がんで亡くなっていたので、みんなそのことを思い出しているようだった。

(私も、変なところが父親に似てしまったものだ・・・ )

毎日、感謝感謝の日々でございます

アリガタビーム!!(ノ・_・)‥‥…━━━━━☆ピーー

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2006年3月 9日 (木)

年越し、そしてお正月

最近春らしくなりましたね。気候がいいと、でかけたくなりますね。

まだ行ったことのないところで、行きたいところがいっぱいあります。
近場では、ディズニーシー。でも、娘・まおたんが着ぐるみ大嫌いなので、行きたがりません・・・(-ω-、)

2年前に行ったけど、沖縄にまた行きたいなぁ。ハワイも行ったことないから行きたいし。
(でも、病気のある人は海外旅行保険に入れないんだっけな?行くのは難しいかな)

あと、北海道も行ったことないんですよー。おいしいものがいっぱいありそうだし、行きたいっ!海の幸大好き!!ラーメンも食べたい~ !o(⌒囗⌒)oΨ

。。。。。。。。。。。。

昨年の大晦日。

年賀状は、前日12/30にやっと出した。病院で書く気にはなれなかったし。。。
実家からしばらく母が来てくれていて、夫・ぱぱっちも料理上手なので、私はゆっくり過ごさせてもらえた。

娘・まおたんに絵本をたくさん読んであげたり。
積み木やかるたで遊んだり(*´∇`*)

夜は、ぱぱっちが作ってくれた自慢の天ぷらと、お蕎麦。それと刺身盛り合わせ。(本マグロ中トロが入っていて高かった!!)

むちゃくちゃおいしくて、た~くさん食べられた (o^∇^o)ノイエーイ

病院食を食べるときとは、全然違う。家族と食べられるし、好きなものが食べられる。
その食べっぷりを見て、ぱぱっちが、心から喜んでくれた。

紅白歌合戦を見たり、K-1のボビーVS曙 を見たり、

絵に描いたようなヘイワな大晦日

を過ごすことができて、しみじみうれしかった。

夜中12時前に、まおたんを寝かしつけた寝室で、ぱぱっちと

「あけましておめでとう」

と小声で言い合ったら、なんだか涙が溢れだしてしまった。

いい年越しができてうれしかったのと、また年越しを迎えられるだろうか、という思いと、両方混ざっていたと思う。

一日一日のごくありふれたことが、とてつもなく貴重なのだ。

「これまでは、毎日をあまり大事にしていなかったと気づかされたね」

と、二人で話した。

自分は、いやな病気にかかってしまったけれど、だからと言って自分をかわいそうだとは思いたくない。
自分を悲劇のヒロインみたいに思っているひとには、なりたくない。

だって、身の回りには幸せもいっぱいある。その幸せに感謝しながら、残された日を生きていきたいのだ。

ぱぱっちは、私が病気になるちょっと前までは、いつも、仕事で忙しかった。

毎日早くても22時くらいまで仕事をしていて、深夜に帰ってきたり、土日出勤を続けていた。
出張も国内・海外ともに、けっこうあった。

でも、私が入院したころ。

ちょうど仕事がひと段落ついたことや、勤めていた会社が福利厚生の制度が整っているところであること、上司の理解があること、夫の仕事が評価されていたことなど、幸運が重なり、

介護時短勤務・週二日在宅勤務

をすぐに認めてもらえた。おかげで、入院中も毎日ぱぱっちには面会に来てもらえたし、家族で過ごせる時間が、ずっと増えた。
(今もたまに国内出張は行っているけど)

介護時短などの申請をしたときわかったことだが、ぱぱっちの上司の方は、以前、奥様をがんで亡くされていたのだった。

夫が事情を話したとき、自分の奥様のことを思い出したのか、号泣されたそうだ。
そして、なるべく一緒にいてあげなさいと、こころよく申請を受けてくださり、色々なアドバイスもしてくださったそうだ。

本当に、ありがたかった (*T▽T*)

その後、2006年のお正月三が日は、夫の実家(車で20分くらい)へ行ったり、ウチに弟夫婦が遊びに来てくれたり、のんびり箱根駅伝を見たり。
のびのびと楽しく過ごした。

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2006年3月 8日 (水)

退院の日

今日は午前中、マンション内の子供英会話サークルに、娘・まおたんを連れて行きました。
マンション内に住んでいるアメリカ人の奥さんが、ほとんどボランティアみたいな感じで、月一回だけ、子供たちに英語を教えてくださるのです。

いつもは、固まっていてあまりしゃべらない娘が、今日はしっかり「How are you?」「 I'm fine.Thank you.」 などとちゃんと話していて、びっくり!
子供って、成長しているんですねぇ。シミジミ。

ちなみに、私は英会話、苦手です(^-^;) 。ハイ。。。

。。。。。。。。。。。。

年末の12/27、生理がきた

本当は明日、産婦人科の診察を受ける予定だったのだが、そのことを聞いて急遽、産科病棟にいた先生(いつも診察してもらった先生とは違う先生)が、内診してくださることになった。
産科病棟は、私が入院していた消化器内科の病棟からはむちゃくちゃ遠い(-ε-)

看護師のSさんが、車椅子に乗せて連れて行ってくれた。Sさん自身が妊娠中なのに、大変。

診察では、エコーで見てもよく見えず、尿のホルモン値がまた上がっていたこともあり、念のため今後も経過を見させてくださいと言われ

正月の1/4に外来予約を入れられてしまった! ( ̄_ ̄|||)ウーム

正月は、一週、抗がん剤治療をお休みにしてもらえたのに・・・。来なきゃいけなくなった。

またSさんに車椅子を押してもらって帰り、ベッドで横になる。
さっきの産婦人科の先生は、わざわざ私の病棟までカルテを持ってきてくださったらしく、私の病室までいらして、

「もしお腹が痛くなったりしたら、お正月でもすぐ来てくださいね!」

と、声をかけてくれた。
私は、生理も来たし、もう大丈夫だと思っていたのだが、それは不正出血である可能性もあるようで、心配してくださったのだ。
私は、

ということは、これから婦人科系の原因でお腹が痛くなったりするかもしれないのか( ̄□ ̄;)?

とちょっと不安になった。(でもまあ、ないよね。優しい先生だからああ言ってくれただけだわ・・・と思うことにした。)

その翌日、12/28(水)は、退院予定日 d(⌒o⌒)b~♪

朝、産婦人科用に採尿をして、今日の用事はおしまい。
夫・ぱぱっちが迎えに来られる14:00頃に退院ということになった。

病院自体も、今日で年内の通常営業(?)は終わりらしく、みんな忙しそうにしていた。
この日もまだ、月曜日の抗がん剤の副作用で少しだるかったが、かなり回復していた。
ただ、便秘だけが気になった・・・。前の晩に下剤をもらったのに、お通じがない。あまり食べていないし、薬の副作用かと思うけれども、つい「腸閉塞だったりしないよね・・・?」と心配になってしまうのだった。

あ~病気ってやだ。こんな心配、したくない。((-_-。)(。-_-))

お部屋で同室だった方や、ナースステーションにいた先生方・看護師さんたちに、

「お世話になりました(゚▽゚*)」

と挨拶して退院。
他の退院する患者さんは皆、「退院おめでとうございます」と言われていたが、私は

「がんばってくださいね!」

と励まされての退院だった。

主治医の先生方には、また外来ですぐお会いするのだけど、病棟の看護師さんにはもう会えないかもしれないので、本当はお世話になったみなさんに挨拶したかったな・・・。

家に帰ったら、母とまおたんが待っていた。まおたんが飛び出してきて、

「ママといっしょにいるとしあわせ!ママだいすき(≧∇≦)!!」

と言ってくれた。
待っていてくれる人がいるのは、やっぱりうれしかった。

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2006年3月 7日 (火)

抗がん剤治療・3

きのうは、イケメン研修医さんに会えました (ノ゚▽゚)ノ!!

しかし、点滴を刺すため、イケメン先生が私の手をとり・・・・という「いいところ」で、横にいたK先生がこんな一言を・・・・。

「今度胃カメラやろうと思うんだけど、来週と再来週、どっちがイイ?」

「えええええぇぇぇ、い、胃カメラですかぁぁぁぁΣ( ̄ロ ̄lll)??」

と、うろたえるワタクシ。どっちもイヤだっつーの!!
しかし、嫌なことは早く終わらせたいので、
「じゃ、来週で・・・llllll(-_-;)llllll」 と答えたのだった。あーやだやだ。

。。。。。。。。。。。。。

去年のクリスマスは、うちでクリスマスパーティーをした。
義父母・義弟・母・弟夫婦が集まってくれた。
料理は、大半デリバリーですませ、楽しく過ごした。まおたんも上機嫌。

私の病気のことを知ってすぐのころは、義父母もショックを受け、
「ぱぱっちが会社を衝動的に辞めてしまうのでは」とか「まおたんはどうなるんだ」とか、色々心配をしていたらしいが、この日は

「あなたがいいと思う病院に入りなさい。私たちはいくらでも動けるんだから」

と優しくおっしゃってくださった。
まおたんの保育園が決まるまでの、預かる分担などもみんなで話し合ってくれた。

こうやって、みんなに支えてもらえる私は、幸せだ。m(;∇;)m

その翌日、3回目の抗がん剤治療

やっぱり、点滴の途中でだるくなる。吐き気止めを飲むと、すぐに胃のむかつきは治るものの、2~3時間たつと、またムカムカ。
食事は、出されたうちの1~2割くらいしか食べられないし、ちょっとツライ。

この日の夕食後、入院時にお世話になった研修医のE先生が、私のベッドを訪ねてきてくれた
12月から消化器外科にローテーションしてしまっていたのだが、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。E先生は、担当だったころから、私のことをとても気にかけてくださっている。
私もそろそろ退院する予定だし、もう会えないかなーと思っていたので、うれしかった。

「yue少納言さん、調子はどうですか?」と聞かれて、

「熱があるんです。気持ち悪いし。・・・」と、ひととおりグチる私。

ご主人にもよろしく、と言って先生が出て行ったあと、斜め向かいのベッドのおばさまが、こう言った。

「髪が茶色くてツンツン立ってて、イマ風の先生だったわねぇ。

 『先生の顔見たらうれしくって熱が出ちゃったぁ o(*⌒∇⌒*)o』

とか、言えばよかったのに」

・・・・・・恐るべし、おばさまパワー!!!!

ムリです、修行の足りない私には( ̄◇ ̄)

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2006年3月 6日 (月)

ホスピス外来へ・1

また今日は、抗がん剤治療の日です。
毎週だし、病院も少々遠い(車で40分くらい)ので、けっこうタイヘンです。

今日は、イケメン研修医さんに会えますように (-人-;)
(一度会ったきりだから、本当にイケメンだったかもサダカでないのだが)

それから、採血が一発で終わりますように・・・ (-人-;)・・・願い事願い事☆

。。。。。。。。

クリスマス前の12/23に、他県にある某ホスピスへ、紹介状を持って家族3人で行ってみた。
ウチからは高速も使って、車で2時間くらいのところにある。正直、遠い。しかし・・・

もうこれ以上ないくらい、キレイ!!

婦長さんが、院内をまず案内してくださったのだが、

病院とは思えない、落ち着いた雰囲気。

(病院って普通は、みんな忙しそうにワサワサ廊下を走っていたりするでしょう?そういうのがまったく見られなかった。)

個室の中も、まるでホテルの部屋♪

部屋のテラスに出てみたら、眺望最高 。。ヾ( ~▽~)ツ

また、多くのボランティアさんたちによる、買い物代行などの色々なサービスもあり、いたれりつくせり。
心のケアをしてもらえるシステムもあるようだ。
素晴らしい!ここなら、心穏やかに過ごせそう (;∇;)

ひととおり見学したあと、先生と面談した。
とても穏やかな、女性医師だった。私たちの話を、じっくりと、聞いてくださった。

「ここでは、痛みのケア以外の医療行為はほとんど何も、行いません。
それをご了承いただければ、おそらく入所の要件は満たしていると思います」

とのことだった。

それなんだよな・・・・。

ここには今いる大学病院のような設備もないし、積極的ながん治療はできないことは、事前に知っていた。
独立型ホスピスは、その点について、ここと同じような感じのところが多い。

痛みのケア以外の医療行為ができない、というのは、

私にとっていいことなのか?悪いことなのか?

自然に任せてもらうほうが、死に至るときの苦痛は少ないのかもしれない。
でも、もしかして、何かしらの治療を行ってほしい状況になっているとき、それができなかったら、歯がゆい思いをするかもしれない。

本当に、どうなんだろう??

もし、ここが近ければ、割り切ってここに入ろうとすぐに決心がついたかもしれないが、遠いので家族にしょっちゅう来てもらうのは無理かと思われる。悩む。

娘・まおたんは、このあと
「びょういんは、すっごくきれいだったし、たのしかった!」と言うのだが、「ママはとおくに入院しちゃダメ。ちかくにして!」とも言うのだった。

結局、入りたいときにベッドが空いていなければ入れないのだし、入りたくなったときの状況で考えればいい・・・ということにした。

とりあえずここは、とてもいいホスピスだと思う。

「候補のひとつ」・・・ということにした(* ̄∀ ̄)ノ

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2006年3月 5日 (日)

抗がん剤治療・2

きのうは、夫・ぱぱっちの誕生日でした。
近所では一番おいしいと思う、イタリアンレストランへ行ってお祝い!_041_042 _043 _044  

 

 

 

カンパチのカルパッチョと、ピザのクアトロ・フォルマッジ、フルーツトマトのポモドーロ、パルマ産豚のラグー、あとデザートにパイとジェラートも食べたんですが、写真撮る前に食べちゃった!写真があまり上手に撮れなかったけど

マジうまいです d(*'-'*)b イエーイ

好き嫌いの非常に多い娘・まおたんも、大人の一人前くらい食べました。(ゴルゴンゾーラチーズ大好きなんです。3歳児なのに・・・)

。。。。。。。。。。。

12/19に、二回目の抗がん剤治療。

週末は家に帰っていたので、朝食を食べて病院へ戻る。病院で、ダイアモックスを飲み、一時間後から点滴。前回と同じ薬・同じ量。二回目なので、緊張はしなかった。

やっぱり点滴後しばらくすると

胃がムカムカムカムカ (×_×)・・・

頭痛もしてきた・・・。
それを先生に言うと、先生がナゼアという、オレンジ色のラムネみたいな吐き気止めの薬をくれた。夕方飲んでみたら、すごくよく効いてスッキリ!!

もっと早く飲めばよかった ☆≡(>。<)

とはいえ、今回も点滴当日・翌日は食欲皆無。

ナゼアを飲むと、胃のムカムカは治まるのだが、食事はどーしてもおいしそうに見えない (*゚‐゚)・・・

前日からお願いしておいたので、点滴翌日(12/20)の夕方、U先生が話をする時間を取ってくださった。

ぱぱっちが、ホスピスに出す紹介状を、何通もお願いしたが、本当~に気持ちよく了承してくださった。

いやなセンセイじゃなくて、よかった (ノ*´▽)ノ♪

先生がおっしゃるには、人気のあるホスピスは混んでいて、ベッドの空きがないと当然、行ってもそのまま帰されてしまうということだった。
(これまでにも、ホスピスに入ると言って出て行った患者が、またこの大学病院に戻されてきたこともあるという。)
もちろん、入院したら、どこでも親切にしてもらえるだろうが、要するになかなか入院できないらしい。

私は、うまいタイミングで、希望の病院へ入れるだろうか?
抗がん剤がいつまで効いてくれるのか、今のところまったくわからないのだ。
だから、困ったことに、いつホスピスに移りたくなるかも、わからないのだった。

その翌日(12/21)、産婦人科で診察
エコーで診てもらった。子宮内はキレイで、卵管に子宮外妊娠の跡のようなものが見える、ということだった。
一応、また来週水曜日にも来てねと言われてしまった。
翌週の火曜に退院しようと思っていたけど、一日伸ばすことに・・・。

午後、ぱぱっちが来てくれて、二人で病院内の医療相談室へ行く。

子供を保育園へ入れるのに、親が要介護認定を受けていると優先されるらしい(?)、と聞いたので、私が認定を受けられないかたずねたら、年齢的に無理だそうだ。40歳を過ぎて、介護保険を払っている人でないとだめだという。
ま、言われてみれば、そりゃそうだよね。

話をきいてくれた医療相談室のOさんが、市役所に電話して、保育園のことを色々きいてくださったのだが、とにかく空きがない。
とりあえず診断書に、今いかに厳しい状況か( ̄▽ ̄;!! をきちんと先生に書いてもらって、それをつけて申請してみてください、とのことだった。

翌日(木曜)の朝、採血をして、その結果が出たらまた外泊してイイと言われた。
病院の採血室まで行って採血してきて、と初めて指示され(今までは入院してるベッドで採血していた)、7:00からだというので朝6:50に行ってみた。

すでに入院患者の長蛇の列・・・・( ̄◇ ̄)ワオ

この採血の結果が、またなかなか出なかった。13:00すぎに、やっとOKが出て帰れたのだった・・・。

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2006年3月 4日 (土)

抗がん剤治療・1

週明けの12/12に、初めての抗がん剤治療。

点滴は、まず水分補給のためだと思うが、ソリタとかいうやつから始める(これを3時間かけて落とす)。しばらくしたらそれに平行して抗がん剤を入れていく。まずMTXを全開バリバリで入れ、ソリタが残り少なくなったころ、5FUを全開で入れる。

この治療日に二回、ダイアモックスという利尿作用のある飲み薬を飲むのだが、この錠剤があまりにもでっかい!ので、びっくりした。

こんなの飲み込めるか~  (-_-; )"~?

と、不安な表情をしたら、看護師さんが、細かくしてくれた。(苦い薬ではないので、今は自分の歯で噛み砕いて飲んでいる。)

このとき、点滴中はそれほど何も感じず、拍子抜けしたくらいだ。お昼ごはんも点滴しながら普通に食べられた。

しかし、夕方頃から頭がピリピリと痛みだし、胃がムカムカして、具合が悪くなってきた。

そんなときに、夫・ぱぱっちが面会に来たので、しゃべって気を紛らわしたほうが良いかと思い、食堂でおしゃべり。

その日、ぱぱっちは某病院の緩和ケア病棟を見に行ってきてくれたのだ。
そこのソーシャルワーカーさんと話したところ、私と同じ病気で同じ年代の女性が今入院していますから、会えたらいい話し相手になるのでは・・・ということだったそうだ。

そんなところでも友達ができる可能性があるんだ ( ̄▽ ̄) !

と思った。

それから、ぱぱっちは今日、子育ての研究をしている教授(仕事上コネがあった)に、まおたんのことを相談してきていたので、その話の内容も聞いた。

今後は、保育園に入れて、もし母親がいなくなっても変わらない環境・社会を作っておいたほうがよいだろう・・・と言われたそうだ。
私も、それはそのほうが確かにいいだろうな、と思った。
それと、まおたんの自己主張できるところなどは、とても褒めていただいたそうで、うれしかった。
私は、娘に、自分の考えを持ち、意見をはっきりいえる子に育って欲しいと願って、子育てに当たってきたからだ。

しかし、次第にダルさが増してきて、座っているのが辛くなってきたので、ベッドに戻った。

夕食は、ほとんど食べられなかった・・・(  ̄д ̄;)

吐くことはなかったが、食欲はまったくない。

翌日も、全然食欲がなく、「ごはん」の匂いをかぐと

あっ、だめだ・・・  ┳┳・・・ヽ(-_- )

いう感じ。つわりに似ている。なんとかフルーツなどだけ食べた。
でも、今日は頭痛がないだけ、きのうの夕方よりはかなりマシだ。

この日も、ぱぱっちは二つのホスピス・緩和ケア病棟を見学してきてくれた。一つはホテルのようにゴージャスで、ひとつは完全に「病院」という雰囲気だったそうだ。
そういうところも、いろんなタイプがあるらしい。

さらに翌日、3日目の水曜になった昼頃、やっと食欲が戻ってきた。
先生方にそう言ったら、

「じゃあ来週も同じ量で行きましょうか」

と言われた。
まあ、副作用としてはたいしたことないほうだったのだろう。

木曜の夜、肩の辺りを中心に右腕がしびれるように痛み、30分たっても治らず、眠れそうになかったので、ナースコールをして湿布を貼ってもらった。(湿布してしばらくしたら治った)

抗がん剤の副作用かなーと思ったが、そのことを翌日K先生に話したら、一応レントゲンを撮ってみよう、と言われた。
放射線科へ行って、5ポーズもレントゲンを撮ってもらったが、やはり骨折はしていなかった。
早朝に採血した分の検査結果も、とりあえず問題がなく、血小板もむしろ増えていたそうで、外泊許可をもらった。

また、週末は家に帰れた。ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

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2006年3月 3日 (金)

セカンドオピニオン・翌日

きのうは、近所のママ友のうち、ただひとり私の病名をコクった<薬剤師さん>のお宅に、お茶に呼んでいただきました。
楽しかった! ~~旦_(-ω- ) ドモドモ

ご主人も薬剤師の資格を持ち、仕事柄、薬に関する最新情報もいろいろ調べていらっしゃるようなので、相談に乗っていただけるそうです。ありがたいなぁ。

きのうは、おとなりの方も、私の病名は知らないのですが「いつも車で買い物に行くから、必要なものがあったら遠慮なく言ってね」とわざわざ電話をしてきてくれました。

周りの人の優しさに、はげまされることが多いこの頃です。サンキュー♪(o ̄∇ ̄)/

。。。。。。。。。

Gセンターに行った翌日(12/7)は、産婦人科の診察のみ。
お昼ごはんが運ばれてきて、一口食べたあたりで、呼ばれてしまった。しかたなく、食事を置いたまま産婦人科の外来へ。

最初CT検査前に、妊娠しているかも・・・と言って調べていただいたときと、同じN先生がエコーで診てくださった。やはり、

「残念ながらというかなんというか、流産してますね」

と言われた。

「このあと、3日くらい尿検査でホルモンの値を見て、普通は最終判断をするんだけど・・・治療は、もう始めてもいいですよ」

ということだ。子宮外妊娠の可能性もなくはないが、処置の必要はないだろう、ということでひとまず安心。
なんでも、子宮外妊娠の治療に使う薬の成分が、私が治療で使う予定の薬にも含まれているらしいのだ。

( ´∀`)ノミ┌┐"☆ ヘェーヘェーヘェー

15:00過ぎごろに夫・ぱぱっちが来てくれた。
食堂で、二人で話をしていたら、U先生がそこへやってきて、

「治療は金曜か月曜から始めましょう」

とおっしゃった。
Gセンターの先生がお手紙に書いてくださった、オススメの治療に合わせて、内服薬ではなく、外来で、

血液検査→結果を見る→3時間くらい点滴

という流れにするということだった。
Gセンターの先生が豊富な経験から、効くだろうという薬を勧めてくれたのだし、そのほうがいいのかも。一日がかりになるけど・・・。

治療は、毎週月曜にしてもらうことになった。

その翌日・翌々日は、産婦人科用に、朝採尿する以外、なんの用事もなかった。

ヒマすぎる ( -_ゝ-)・・・・。

本を読んだり、病室のおばあちゃま方とおしゃべりしたり。おばあちゃま方は、みんなイイ人たちだったが、

自分の病気遍歴自慢 ・ 嫁の話

がほとんどで、他人の話はイマヒトツ聞いていないため、私は適当な相づちをうち、聞き役に徹するしかないのだった。姑の立場の本音が聞けて、なかなか興味深かったが。
(約40日間の入院期間中、普通の消化器内科の病棟なので、他のがん患者さんとは一度も同室にならなかった。)
同室になった人からはよく、

「奥さん、どこも悪そうに見えないねぇ」

と言われた。
私が、「でも、私の病気は胃がんなんです」と話すと、みなさん「若いんだから、大丈夫よ。今はいい薬もあるらしいし、お子さんが成人するまでがんばって。」と励ましてくれた。

結局、尿検査の結果は「ビミョー」だったそうで、大丈夫とは言い切れないけど、経過を見ていけばいいだろうという感じ。

抗がん剤治療は、予定通り月曜から行うことになり、週末はまた外泊で帰らせてもらえた。

実は、あとから聞いたのだが、このGセンターの先生からのお手紙には、

余命3~6ヶ月

って書いてあったそうだΣ( ̄ロ ̄lll)

もう3ヶ月くらい経ったけど、元気でよかったなぁ。年単位で生きるもんね、私は。

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2006年3月 2日 (木)

セカンドオピニオン・当日

娘・まおたんは、2月の二週目から保育園に入ることができたのですが、夫が早く迎えに行くと「まだかえらない~まだおやつたべるんだから~~」と泣き叫び、暴れるそうです。

目的は「おやつ」かよ・・・ヾ(-_-;)

18:15に配られるおやつが欲しいそうで、「ぱぱっち、あしたはおそくきてよね」と言っています。延長保育の意味がわかってないです。
保育園に早く慣れてくれたのはよかったけど。

。。。。。。。。

夫・ぱぱっちが12/6の朝、ホテルからGセンターまで行き、7:30に整理券をとってきてくれた。そして、一度ホテルへ戻ってきた。
8:30に病院窓口で受付が始まるというので、私も着替えて受付に行った。整理券番号が早かったので、早く受付はしてもらえたものの、

「実際に受診できるのは昼頃になりますので」

と言われてしまった。(整理券取ってから受診まで、実際のところ5時間かかった。)
初診だし、予想はしていたが、本当に混んでいる・・・。
おそらくみんな、がん患者なのに、そんなに待たされるのね o(@.@)o
具合悪くなる人もいるのではないだろうか。

あまりにもヒマが余ったので、築地場外の適当なお寿司屋さんへ。

朝だけど、あのあたりではもうランチタイムらしかった。ぱぱっちは海鮮丼、私はたくさん食べられないので、お好みでにぎってもらった。

あぶりトロ、えんがわ、岩海苔、しまあじ・・・

う~ん、ウマイ!! \(*T▽T*)/

回転寿司の倍くらいの値段で、確実に倍以上おいしいから、満足。

それでも、まだまだ時間があったので、ファミレスでお茶を飲んで、暇つぶし。

11:30頃、もう一度行ってみたら、病院の待合室はいっぱい!!
12:30くらいまで待って、私の番が来た。

消化器内科の先生が、私の紹介状・画像資料などをじっくり見て、話をしてくださった。
ひじょ~にマイルド~~な話し方をされる先生だった。

「主治医の先生からは、どこまで聞いてるのかな?」

「今日は、どんな話が聞きたくてきたのかな?」

などとマイルド~に、心から心配そうな顔で、聞かれた。
スキルス胃がんで、すでに骨に転移しているから手術できないと言われたが、ここではどんな治療ができますか、ということをたずねた。

ここでやるとしたら、抗がん剤を外来で週一回点滴するような感じになるという。
私のような症例では、ここでは内服薬よりも点滴のほうを普通選択するのだそうだ。

私のように、スキルス胃がんで直接骨に転移してしまうような症例は、ここでも年間3~4例しかなく、わりと珍しいものらしい。

「あなたの場合、進行が速いと思うからね、のんびりここで再検査している場合じゃないと思うんです。」(!)

という。急いで抗がん剤治療を始めたほうがいいということだ。
ここと、今かかっている病院と、どっちで治療を受ける?みたいなことを、マイルド~に話していた先生だったが、

昨日、ひざをちょっとぶつけただけで、内出血して青あざになってしまったことを話したら、先生は顔色を変え、あせった様子に。。。

血小板が急激に減っているとかなり危険 ( ̄▽ ̄;)!! だから、一刻も早く入院している病院へ帰って、今日中に血液検査をしてもらいなさい、そして、

明日の朝からでも、すぐに抗がん剤治療を始めたほうがいいと思う(!!)

と脅かされた。( ̄ロ ̄lll)サー
(イヤ、もちろん先生は脅かそうとしているわけではなく、本当に心配しただけだろうが・・・)

先生は、急いで、私の主治医あてにお手紙を書いてくれた。

本当は、銀座のデパ地下でおいしいものを買って帰ろうと思っていた私たちだったが、こうまで言われては帰るしかない (-ω-;)

先生が書いてくれたお手紙と入院セットを持って、夕方には入院中の大学病院へ戻ったのだった。

すっかりあせっていた私たちに対し、U先生は、

「お手紙読みましたよ。でも、血小板は入院してきたときからすでに減ってましたし、あらためて急いで血液検査しなくても大丈夫です。抗がん剤治療は、来週月曜くらいからにしますかね。」

と、のんびりした感じだったので、気が抜けた ( ̄_ ̄ )。o0

とりあえず明日、産婦人科で、本当に中絶処置をしなくてよいかどうか診察してからじゃないと・・・ということらしい。

不安な気持ちはすぐには消えなかったが、ここの先生たちにおまかせしていればいいよね、と思うことにした。

ぱぱっちも、私たちの夕食の時間になると、とりあえず帰っていった。

受診前においしいもの食べといて、ほんとによかった (´・ω・`)

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2006年3月 1日 (水)

セカンドオピニオン・前夜

なんとか副作用から立ち直りましたっ\(^▽^)/
ちなみに、私が点滴で入れてるヤクは、5FUとMTXです。あー。ニオイを思い出しただけでやだ。( ´△`)アァ-

あの、点滴中&点滴後の自分の薬くささって、なんとかなんないのだろうか?あれが気持ち悪いのよねぇぇ。

。。。。。。。。。。

治療について、先生方のお話をうかがった翌日(12/3)、私の母と、弟夫婦がウチに来てくれた。
弟夫婦は医者と看護師なので、相談する相手としてはかなり役に立った。
きのう借りてきたCTなどの資料を見せ、私と夫で話し合った内容を伝えると、

副作用が激しく出ない程度の抗がん剤で進行を遅らせつつ、痛みのケアをしていくのがよいだろう

という話に。
弟いわく、骨転移の痛みに対しては放射線治療で緩和できることも多いそうだが、その後私の調べた限りでは、

ホスピスや緩和ケア病棟で、放射線治療や抗がん剤治療が同時にできる施設は、ウチの近くにはない!
(都心などでは無くはないようだが・・・そもそも保険の制度の問題などで、緩和ケア病棟での、そういう治療は難しいらしい)

しかも、そういった

緩和ケア病棟のベッド数自体、がん患者数に対して非常に少ない!!

という問題にぶちあたったのだった・・・。

話は変わるが、この日、

生理が来たヽ(^◇^*)/

翌週の水曜から金曜の間に、中絶の処置をする予定だったのだが、必要なさそう!!
妊娠していると、がんの進行も急速になるそうで、

「妊娠してなくて本当によかった」

と、弟に言われた。
病気でなければ、妊娠検査薬で陽性反応があったのに生理が来たら、もちろん悲しむべきことだ。私は、一度流産を経験しているが、そのときの深い悲しみは忘れられない。
でも、一生懸命生きている胎児を中絶しなければならないのよりは、自然に流れてくれるほうが、ずっといい (T△T)フクザツ

この日は、みんなで楽しくお寿司を食べ、たくさん笑えた。家族のありがたさを、身にしみて感じた日だった。
娘を長く預かってくれている義父母にも、感謝だ。<(_ _*)>

さてさて、Gセンターの受診。

受付は朝早く行ったほうがよさそうだと思ったので、郊外に住んでいる私たちは、前日(12/5)に築地のホテルに泊まることにした。
病院に近そうだからと適当に予約した「三井ガーデンホテル銀座」というところだったが、部屋は狭いものの、

インテリアがモダンでかっこいい(イタリアンモダン大好き)!夜景もキレイ!! (´▽`)oウットリ

Gセンターへ行くため、という非常にイヤ~な理由から泊まったのだが、なんだか楽しい気分になってきたのだった♪

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